爆ぜる邦

ガンジャマン

1 祟り

 俺の祖母は八十八歳で発狂し、近所の寺に火をつけた。その年来日したあるロックスターは自らの自伝に日本を"機械に圧迫された灰色の国"として記している。地震に津波、火山に竜巻、感染症。祖母は膨大な情報の渦に乗っかった人とそれを天災が揺さぶる混沌の時代を、"祟り"だと言った。警察官になってから、俺はこの国そのものが祟りである事を知った。農家の家の友達は今年から東京でコンクリートを固める仕事についた。

 二週間前、文京区根津産業総合研究所で、研究員十名を含む二十数名が研究所内の機材と研究されていた人工タンパク質についての資料を破壊し尽くした後、お互いの神経デバイスと体内のICチップをナイフで抉り取り集団自殺する事件が起きた。現場には始まりと終わりのない線が入り組んで模様になったような、所謂宝結びの紋が描かれた大弾幕があったため、"エンドレス・ノット(終わりのない結び目)"事件との名がついた。

 その日から今日までの二週間、立て続けに四十八人の大学生が同じく体内のICチップを自ら抉り取り、自殺している。

 警視庁公安部公安第二課四係。夏の雨に濡れた肩を手で軽く拭い、その事務所の扉を開けた。モニターにはテレビがついていて、Jリーグの試合が流れていた。遅くなった。と軽く挨拶を交わし、吉田に首尾を尋ねた。

「今回自殺したのは久森流星、二十一歳、西東京大学文学部哲学科の学生、うなじのICチップを自らナイフで抉り取ったあと腹を切ったようです。死因は出血多量。今のところ一連の自殺者との面識は無いと思われます。ただ他の自殺者と同じく、死ぬ直前に例の曲を聴いています。」

「When the music's overか」

 自殺した四十八人の共通点、それは死ぬ前に鑑賞した芸術作品にある。ドアーズというバンドの"When the music's over"、さらには死の一週間から二週間前までにインストールしたあらゆる分野の芸術作品の嗜好も似通っている。

「友人の話によると二週間前頃から様子がおかしく、宮沢賢治の農民芸術概論綱要を肌身離さず持ち歩いていたようです。」

「そうか。」

 この国の新しい祟りが始まった。そんな気がした。吉田の会話を遮って、電話がなった。吉田と目を合わせながら電話を取った。

「はい。こちら警視庁公安部公安第二課四係、穂積。」

「警視庁刑事部鑑識課の鈴木です。例の自殺の件で、久森の神経デバイスから記憶の一部を復元する事ができました。」

「送ってくれ。」

 電話を切った後、一瞬沈黙が流れた。赤いユニフォームの選手が大きくシュートを外したリプレイがモニターに流れている。

「久森の記憶の一部が復元されたそうだ、送られてきたら波羅蜜から俺に直接繋いでくれ。」

「それは危険すぎます。それに死後の人間と意識共有するには手続きが要るんですよ。」

 と吉田。

「俺が彼らの思想に当てられて自殺するとでも? それにこういった類は画面越しの情報として見るより、先入観無しで追体験しないと話にならないじゃんか、手続きは後からでもなんとかなるっしょ。」

 しかし!と吉田は言いかけ、止めても無駄な事を悟ったようで、何も言わなくなった。


 復元された記憶は久森が死ぬ二週間前、友人らによればちょうど様子がおかしくなり始めた時期だ。神経デバイスは基本的に記憶を保存する機能はなく、鑑識はデバイスに残っている思念粒子から死者の記憶を復元する。しかし自殺した四十八人からはことごとく死ぬ直前の思念粒子は検知する事ができていない。死の二週間前のですら、今回が初めてだ。

「穂積さんの状態はモニターしているので、負担がやばそうだったら強制的に離脱させますよ。」

 テレビから前半終了のホイッスルが聞こえてきた。

 公安には死者の記憶としての意識情報を自身の神経デバイスに繋いで無意識下で共有することのできる波羅蜜と呼ばれる装置がある。つまり夢として死者の記憶を追体験する事ができる。

「うん、じゃよろしくね。」

 俺は波羅蜜から伸びたコードを自身のインターフェースに指した。吉田がテレビを切る。外からは雨の音が消えていた。





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