片割れとの再会とあの頃の恋

 トモキは大学を中退して、ヒロについてロンドンに行く事に決めた。

 どうせ流されるだけの人生なら、どこかリュウトに似ているこの人について行って、好きなドラムを叩いて生きようと思ったからだ。

 リュウトに続いて、トモキまで脱退する事になったバンドは、当然の如く解散した。

 元々はトモキに集められて始まったバンドだ。

 アキラもマナブも納得の上で、トモキを送り出してくれた。

 カズヤとは短い付き合いだったが、快く承諾してくれた。

 マナブとカズヤは、一緒に新しいバンドを結成するつもりだと言っていた。

 アキラは、そろそろバンドも潮時かな、と少し寂しそうに笑った。



 ロンドンに着いたトモキは、案内されたシェアハウスで背の高い男に出会う。


「はじめまして……。三好 共起です……」


 トモキが見上げながら挨拶すると、その男はトモキの顔をじっと見て、わずかに首を傾げた。


「はじめまして。片桐 悠です」


 ユウが立ち去ると、今度はその背中を見ながらトモキが首を傾げた。


(あのデカイのが『片割れなくしてお月さん見て泣いてる男』?)


 与えられた部屋に荷物を置くと、トモキはリビングに忘れ物をしてきた事に気付いた。

 リビングで無事に忘れ物を回収したトモキが、階段を上がって自分の部屋へ戻ろうとした時、玄関のドアが開き、リビングに繋がる廊下を歩く誰かの足音がした。


(挨拶しといた方がいいかな?)


 部屋に戻りかけたトモキが踵を返し、階段を降りてリビングに戻る。

 そして、リビングで水を飲んでいるその背中に声を掛けようとして息を飲んだ。


「あ……あ……あぁーっ!!」


 突如背後で聞こえた大声に驚いた男が、慌てて振り返った。


「リュウ!!ここにいたのか!!」

「トモ?!なんでここにいるんだ?!」


 同時に叫んだ二人を見て、ヒロはお腹を抱えて笑っている。


「おもしれぇ!!やっぱ相思相愛なんだな!!」


 トモの大声に驚き部屋から出てきたユウが、不思議そうに二人を見てポツリと呟く。


「リュウ、全然似てないよ」


 トモキはなんの事かと首を傾げた。


「良かったな、オマエら。感動の再会だ」


 ヒロが笑いながら、リュウトとトモキの背中をバンバン叩いた。


「……やられたな」

「……うん」


 リュウトとトモキは、顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。



 その日、賑やかな夕食の後、トモキはリュウトの部屋を訪れた。


「久しぶりだし、一緒にどう?」


 ユウに教えてもらったリカーショップで買ってきたビールを差し出すと、リュウトは嬉しそうに笑った。


「おぅ、いいな」


 ビールをグラスに注ぎ、久しぶりの乾杯をした。

 ビールを飲みながら、しばらくはバンドの事や友人たちの事など、リュウトが日本を発ってからの事を話した。

 そしてリュウトは、ハルから届いた手紙をトモキに渡すと、優しい目で微笑んだ。

 そこには折り紙のチューリップが、赤や黄色、ピンクなど、色とりどりの花を咲かせていた。

 そして、『とーちゃんだいすき!!ハルがおっきくなったらお嫁さんにしてね。ハルより』と、ルリカが代筆したであろう文字が並んでいた。


「モテる男はつらいなぁ……」


 トモキにそう言われると、リュウトが苦笑いを浮かべて静かに呟く。


「ハル、3歳になったんだよ」

「そうだな。リュウに嫁入りする日が少し近付いたわけだ」

「勘弁してくれよ」


 トモキはタバコに火をつけ煙を吐き出して、流れる煙を眺めながら、リュウトに話し掛けた。


「なぁ、リュウ……」

「なんだ?」

「例のさ……彼女の事だけど……」

「ん……ああ……」

「本気で……好きだった?」


 トモキの問い掛けに、リュウトはタバコに火をつけ静かに煙を吐きながら呟いた。


「ああ……。そうだな……」

「そっか……。なんて名前だった?」

「なんだ、急に?」

「いや……聞いた事なかったから……」

「酒井……じゃなくて、確か山代だったな。山代歩美」


 トモキは小さくため息をついた。


「……今でも、好きか?」

「……ああ……」

「そうか……。オレもだ」


 リュウトは不思議そうにトモキの顔を見た。


「なんだ突然?」

「なんでもないよ。さぁ、どんどん飲め」

「おぅ……。変なヤツだな……」


 リュウトは何も知らずにアユミの事を好きになったんだと、トモキは苦笑いを浮かべた。


「本気の恋って……厄介だな」

「そうかもな」


 二人そろって、初めて本気の恋をした。

 お互いに自分にないものを持っている事をひそかに羨んでいた正反対の二人が好きになった相手は、よりによって同じ女の子だった。

 お互いにまだ、彼女への気持ちは変わらない。

 この恋がいつか思い出になる日まで、その事実をリュウトには知らせずにいようとトモキは思った。





 11年後、東京。

 ユウの結婚式の帰り、いつものバーに二人で立ち寄ったリュウトとトモキは、カウンター席に並んで座り、礼服のネクタイをゆるめてタバコに火をつけた。


「あれだけ飲んで、まだ飲み足りないのか?」

「まだまだだろ」

「トモはいつからこんなにザルになったのかねぇ」


 リュウトは呆れ気味に笑っている。


「昔は全然酒も飲まなかったし、タバコも吸わなかったのにな」

「そうだったな。オレも立派な大人になったんだよ」


 リュウトはビール、トモキはウイスキーの水割りで乾杯をした。


「いい式だったな」

「リュウ、なんか親父っぽいぞ」


 トモキが笑ってタバコに口をつけた。


「ユウって、案外一途だったんだな」

「幼なじみか……。ガキの頃からずっと好きだったって言ってたな」


 そう言ってリュウトがビールのグラスを傾けると、トモキはタバコの煙を吐いて静かに呟く。


「ユウと高梨さん見てたらさ……あの子の事、思い出した」

「あの子?」

「二十歳の頃だな……。初めて本気で好きになった相手。覚えてるか?」

「ああ……。高梨さんに似てるのか?」

「いや……。見た目とかは全然似てないよ。むしろ逆だな。小柄で普通の子だった」

「へぇ……」

「リュウもあの頃、本気で好きになった子がいただろ?」

「そうだったな……。今頃どうしてんだろうな。もう誰かと結婚なんかして、子供産んで幸せに暮らしてるのかもな」

「今でも好きか?」

「もう昔の話だ。相手はオレの事なんて忘れてるさ。付き合ってたわけでもないしな……」

「オレは付き合ってた」

「知ってるよ。周りが見えなくなるくらい、めちゃくちゃ好きだったんだろ?」

「うん。他に何も要らないって思うくらいに好きだった。……アユちゃん」

「えっ?!」

「オレの初めての本気の恋の相手の名前な……山代歩美」


 トモキの衝撃の告白に、リュウトは目を見開いた。


「マジか?」

「マジだ」

「嘘だろ……」

「ホント」


 リュウトはビールを飲み干して頭を抱えた。


「オレ、トモの彼女が好きだったのか……」

「そう。まぁ……オレも別れた後で偶然知ったんだけどな。かなり衝撃の事実だろ」


 リュウトはバツの悪そうな顔で、小声で呟く。


「……悪かったな……」

「昔の話だろ」


 トモキは小さく笑って、水割りを飲み干した。


「若かったな」

「……お互いにな」

「あれから本気の恋なんかしてないな」

「……オレもだ」

「今だったら……あの子はオレとリュウ、どっちを選ぶんだろうな?」

「さぁな……」


 遠い日の恋の思い出が、鮮やかに胸に蘇る。

 甘くて、苦くて、切なさに胸を焦がした、初めての本気の恋。


「オレ、ホントに好きだった」

「オレもだ」



 なくした恋はこの手に戻る事はないけれど、若かったあの頃の、カッコ悪いほど人を愛した精一杯の恋心は、今でもこの胸に大切に刻まれている。

 思い出すたび甘くて切ないあの日の恋を、忘れる事はないだろう。

 きっとこの先、何年経っても。




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