自分らしくもない歌と自分らしさ

「もうすぐライブやるんだ」

「へぇ、そうなんだね。トモくん、ドラムやってるんでしょ?」

「うん。だから、しばらくは練習で忙しくなるかも……」

「うん。頑張ってね」


 トモキはアユミの部屋で、いつものように二人でのんびりと過ごしていた。

 最初の頃は部屋で二人っきりになる事にさえドキドキしていたトモキも、最近はこうして二人っきりで過ごす何気ない時間に安らぎを感じる余裕のようなものが出てきた。

 トモキはアユミを抱き寄せ、髪を撫でる。


「オレはもっと一緒にいたいんだけどな。やっぱりバンドも大事だし……」

「いつも一緒にいるでしょ?」

「まぁ、そうなんだけど……」


 毎日のように、バイトの後はアユミの部屋に来て、頻繁に朝まで一緒に過ごす。

 休みが合えば出掛ける時もあるが、ほとんどはアユミの部屋で一緒に過ごした。

 大好きなアユミと一緒にいられる半同棲のような毎日は、トモキにとっては幸せだった。

 トモキはアユミの髪を撫でながら、何度も優しくキスをした。

 優しいキスは次第に熱を帯びて、どんどん深くなる。


「ん……」


 アユミが小さな声をあげると、トモキはアユミの服の裾から手を滑り込ませ、柔らかな肌を撫でる。

 トモキの指先が敏感な部分に触れると、アユミは肩を震わせて甘い吐息をもらした。


「ここ……気持ちいい?」

「聞かないで……」

「なんで?」

「……だって……」


 恥ずかしそうに答えるアユミの服を脱がせると、トモキは優しく体中に唇と舌を這わせた。


「アユ、好きだよ」


 トモキは何度もそう囁きながら、アユミの腰を引き寄せた。

 初めての時こそぎこちなかったトモキが、今ではもう随分慣れた手つきでアユミを抱く。

 それがもう、当たり前のようになっていた。




 ライブに向けて、バンドの練習も順調に進んでいたが、リュウトの曲の歌詞はまだ完成していなかった。


「どうすっかな……」


 仕事を終えて部屋に戻ったリュウトは、着替えを済ませタバコに火をつける。

 何度も歌詞をつけようと考えてみるものの、自分らしくもない甘い言葉ばかりが並ぶ事に嫌気がさして、なかなか進まない。


(思いきって、まったく違う視点から書いてみるか……)


 たとえば、女性の目線で、終わった恋の歌を書くと言うのはどうだろう?

 自分に重ね合わせるからうまくいかないのかもと思い、あれこれ考えを巡らせる。


(やってみるかな……)


 一緒にいるのに、互いの心の奥の本当の部分は見えないまま、次第にすれ違って行く恋。

 どんなに体を重ねても、腕の中に残るのは、無機質な感情だけ……。

 壊れかけた心が、叫びをあげる。

 一緒にいたはずの二人が、それぞれに違う未来を見ていたと、終わった後に気付く……。

 そして、どれだけ大切なものを失ったか、二人がなくしてしまったものを、離ればなれになっても探し続ける……。

 二度と会うことのない二人が、やがて別々の場所で、誰より大切だった人を思い出す。


(いいかも……)


 リュウトは音源を流しながら、一気にその恋の歌を書き上げた。


(オレらしくはないかも知れないけど……たまにはこういうのもアリだな)


 リュウトは、その歌に、『後悔』と言う意味のタイトルをつけた。




 次のスタジオでの練習日、リュウトの書いたその歌詞に、みんなは驚いていた。


(リュウも、こういうの書けるんだな……)


 いつもは男らしく硬派な歌詞が多いリュウトが、女性の目線で歌詞を書いて来た事にもかなり驚いたが、終わった恋を引きずるような、その心理描写にもトモキは驚かされた。

 そして、もうひとつの曲の歌詞は、リュウト特有の男らしさはあるものの、叶わない恋を憂いているような、やはりいつものリュウトらしくない歌詞だった。


(アキが言ってた、リュウは繊細で傷付きやすいって、ホントなのかも……。リュウ……やっぱり恋でもしてるのかな?)


 アユミをライブに誘うか誘うまいか、トモキは迷っていた。

 自分の勇姿を見て欲しいと思う反面、やはり過去の事を考えると、素直にリュウトに会わせる気にはなれなかった。


(今回は……やめとこうかな……。当日はオレがずっとそばにいられるわけでもないし……。また次の機会もあるだろうし……)


 いくつかの言い訳を考え、トモキはライブにはアユミを誘わない事に決めた。

 いつかリュウトに彼女ができたら、その時は堂々とアユミを紹介しようとトモキは思った。




 ライブ当日。

 出番が来るまで、顔見知りのいくつかのバンドと一緒に楽屋で過ごした。

 実力と人気の面で、リュウトたちのバンドはトリを務める事になっていた。

 そして、いよいよリュウトたちのバンドの出番になり、4人は歓声の上がる中でステージに立った。

 序盤はいつものノリの良い曲で飛ばし、客席を盛り上げる。

 そして中盤に差し掛かったところで、リュウトの作った新曲を演奏した。



『Regret~残像~』


 涙の跡が乾くまで

 霞んだ空を見上げてた

 ひとりぼっちになるのは 怖くないけど

 遠ざかるあなたの背中がにじんだ


 二人の時は何気なく

 過ぎてく時間ときに流されて

 真実ホント気持ち部分を互いに

 見て見ないフリ

 すれ違う心の歯車 きしませながら


 無機質な優しさだけ

 冷たいベッドに置き去りに

 幻も抱けやしない

 手を伸ばしている 残像のように


 壊れかけた心に ひび割れたツメを立て

 あなたの瞳は

 どんな未来あしたを見ていたの?


 きっと二度と あなたに会うこともないけれど

 私の想いは ずっとあなたを探してる



 誰よりそばにいたはずの

 あなたのことが 見えなくて

 不安な気持ちを殺して 平気なフリで

 笑ったはずが歪んでいた 私の心


 抱きしめた温もりさえ

 いつかは忘れて行くでしょう

 想い出に変わってゆく

 巡る季節に 散る花のように


【I miss you】

 冷めた言葉じゃ あなたには届かない

 唇噛みしめ 記憶の破片カケラ つないでも


【I love you】なんて

 今さら情けなく呟いて

 素直な想いは 私を責め立てるリグレット


 やがて Say【Good-bye】

 心の傷跡が癒える頃

 あなたとよく似た人と どこかで出逢っても


『懐かしい』と一言呟いて笑うでしょう

 二人 好きだった歌を 偶然聞くように




 リュウトが書いたとは思えない歌詞が、いつものこのバンドの曲とは違う雰囲気を漂わせる。

 毎回ライブを観に来ている友人やファンたちも、どこか驚いている様子だった。

 そのあと、またいつものライブでは定番の曲を2曲はさんで、またリュウトの作ったもうひとつの新曲を演奏した。




『I wish…』


 タンデムシートにオマエを乗せて

 愛しい温もり 背中に感じ

 このまま遠くへ連れ去れたらと

 走り続けた 行く宛もなく


 流れる街の灯 吹き抜ける風

 今だけ オマエを独り占めして

 出口の見えない迷路のように

 二人 さまようのも 悪くない


 心の中に 他の誰かがいる事なんて

 知っているのに 胸の痛みが止められなくて


 この腕の中 オマエを強く抱きしめられたら

 怖くはないさ 明日の光を失う事さえ


 今 この胸にオマエのすべて 抱きしめられたら

 欲しいものなど オマエ以外に何もないのさ



 このまま時が止まればなんて

 柄にもないこと 密かに思う

 今だけ オマエの瞳の中に

 映して欲しい オレの事だけ


 溢れる想いを 胸に閉じ込め

 笑って見せるよ いつものように

 優しいフリして 隠した素顔

 何もオマエは知らなくていい


 誰かの腕の中にオマエがいる事なんて

 知っているから 胸の痛みが止められなくて


 伝えられない言葉を 胸に抱きしめたままで

 今夜も一人 オマエを想い 眠りにつくよ


 手を伸ばしても オマエに届く事などないから

 今夜はせめて オマエの夢を見ていたいのさ


 この腕の中 オマエを強く抱きしめられたら

 怖くはないさ 明日の光を失う事さえ


 今 この胸にオマエのすべて 抱きしめられたら

 欲しいものなど オマエ以外に何もないのさ




 ライブの後、リュウトは楽屋で一人、ぼんやりとタバコを吸っていた。


(あーあ……。改めて考えると、オレやっぱ、どうかしてる……)


 自分らしくもない歌を作ってしまった事を、ライブで演奏して改めて後悔する。


(あんな歌、オレの気持ちがダダ漏れだ……)


 聴く人が聴けば、自分がどうにもならない片想いをしている事が手に取ってわかるような、自分の恥を晒すような歌を作って、一体何がしたかったのだろう?


(もう二度とやんねぇ……)


 彼女をバイクに乗せて走った日の事を書いたあの曲は、この想いと共に封印してしまおうと、リュウトは思った。




 ライブから1週間が過ぎた。

 あれから何事もなく、いつものように美容師として日々の仕事をこなし、今日もいつものように、もうすぐ閉店時間を迎えようとしていた。


「まだやってるか?」


 店のドアを開けて入ってきた聞き慣れない男性の声に振り返り、もう閉店だと言おうとしたリュウトは、その人の顔を見て、驚きのあまり言葉をなくした。


(えっ……?えぇっ……?!どうしてこの人がこんなところに?!)


 その男性は、実力派人気ミュージシャンのヒロだった。


「えぇっと……?!」

「ここに来ればオマエに会えるって、ライブハウスのマスターに聞いたから」

「はぁ……」


 混乱して言葉の出ないリュウトを見て、ヒロはおかしそうに笑う。


「美容師なんだろ?髪、切ってくれよ」

「ハ、ハイ……。どうぞ……」


 リュウトはとりあえず落ち着こうと深呼吸をして、ヒロをシャンプー台に案内した。

 いつものように丁寧にシャンプーをして、タオルで髪を拭き、カット台に案内した。


(なんでオレなんかに会いに、こんな小さい店に来たんだ?!)


 リュウトは不思議に思いながら、ヒロの髪を櫛で梳かす。


「今日はどうしましょう?」

「適当に、カッコ良くしてくれ」

「はぁ……」


(大雑把だな、オイ!!)


 とりあえず、ヒロの要望通り適当にカッコ良くしようと、リュウトはハサミを動かす。


「この間のライブ、観たぞ」

「あ……ありがとうございます……」


(よりによって、あんな曲をやった時に……!!最悪だ!!)


 ヒロは鏡越しにリュウトの反応を見ている。


「あれだな……。オマエ、なんかいろいろ抱えてんだろ?」

「えっ?!」


(初対面なのに、なんだこの人?!)


 驚くリュウトを見て、ヒロは満足げに笑った。


「初対面なのになんでオレの事がわかるんだ?!って思ってるだろ?」

「ハイ……」

「オマエ、若い頃のオレに、なんか似てるんだよな……。自分を出そうとしないだろ。人が思うオマエらしさが、自分らしさだと思ってるよな。ホントは全然そんな事ないのにな」

「……」


 すべてを見透かされたような、恐怖にも近い感情がリュウトの中に芽生えた。


(この人……オレの事知ってる……?)


「怖がんなよ。取って食ったりしねぇから。ただな……オマエ、しんどいだろ?」


 リュウトは無言でハサミを動かしながら、ぐるぐると考えを巡らせていた。


「オレな、あのライブハウスのマスターと古い仲間でさ。ちょいちょいライブ観に行ってたんだ。オマエらのバンドのライブも、何回か観てんだよ」

「そうなんですか……」

「その度にオマエの事が気になってはいたんだが……オマエ、この間のライブの時、自分で自分がどうにもならなくなって、かなり苦しんでたろ?」


(なんでわかるんだ?!)


「ホラな、図星だ」


 ヒロは鏡越しにリュウトの驚く顔を見て、満足そうに笑った。


「なんでわかるんですか……」

「まぁ、あれだな……。新曲やっただろ?あれ、両方オマエの曲だ。そうだろ?」

「ハイ……」


(こえぇ!!なんも言ってねぇのに、なんでわかるんだよ?!)


「マスターか誰かから聞きました?」

「いや、聴けばわかる。今までの曲とは違うけどな。いろんな迷いがそのまんま曲になって、想いが歌になった。そうだろ?」

「まぁ……そんなとこです」

「オレはさ、それでいいと思うぞ。オマエ自身は自分らしくないって思ってるかも知れないけどさ、あれも間違いなくオマエらしさだ」

「そう……ですかね……」

「おぅ。少なくとも、オレは嫌いじゃねぇ」


 突如目の前に現れたこの人は、なぜこんなに初対面の自分の事を理解しているのだろう?

 リュウト自身が自分でも気付いていなかった部分を、強引にえぐってわしづかみにされたような、それでいてすべてを受け入れてもらえたような、不思議な感覚だった。


 カットを終え、シャワーで流してトリートメントをした後、タオルで拭いた髪をドライヤーで乾かした。

 セットを終えると、ヒロは鏡を見て、満足げに笑った。


「うまいもんだな」

「一応、プロですから……」

「オマエさ……オレんとこ来ねぇか?」

「……ハイ?!」


(なんだコレ?!もしかしてヒロさんって……?!)


 ヒロの言葉と、彼女に告白めいた事を言った時の自分の言葉が重なって、リュウトは途端に青ざめた。


「オイオイ、勘違いすんな。オレには男食いの趣味はねぇ」

「はぁ……」


(だよな……。ヒロさんって、確か結婚してるらしいし……)


「今度な、オレ、ロンドンに行くんだわ。何年とかはまだわかんねぇけど、しばらくあっちで活動すんだ。そこに若いの連れてって、育ててみようかなーって思ってんだよ」

「ロンドン……?」

「おぅ」

「なんで……オレなんです?」

「若い時のオレに似てるから気になるってのもあるけどな。まぁ、腕はそこそこ持ってるし?まだまだ伸び代ありそうだしな」

「そこそこ……ですか?」

「完成形じゃなくてさ、これからどんどん変わっていくヤツがいいわけよ。技術的な面で言えば、うまいヤツなんか腐るほどいるけどな、そんなの要らねぇんだ。オレは、オマエのこの先を見てみたいって思った。それだけだ」

「オレの、この先……?」

「人の作った枠にはまって自分を出せずにしんどい思いして枯れるくらいなら、オレんとこに来い。悪いようにはしねぇよ」


 どこからその自信が湧いて来るのか、自信満々に話すヒロの言葉は、不思議と嫌な気分にはならなかった。


「まぁ、返事はすぐにとは言わねぇからさ、考えといてくれよ」

「ハイ……」


 ヒロはリュウトの肩をポンポンと叩き、連絡先を告げて、きっちりと勘定を済ませ店を後にした。

 その後、リュウトは店のシャッターを閉め、片付けをしながら、先ほどのヒロの言葉を思い出していた。


(なんか……不思議な人だったな……)


 何度かライブを観たとは言え、個人的には初対面のはずなのに、なぜあんなに、人には見せた事のない自分の内面を、あの人は言い当てるのだろう?


(自分らしさって……オレらしさって、結局なんだ……?)


 誰かを真剣に想う事は、自分らしくないとずっと思ってきた。

 それなのに、最近の自分は彼氏のいる彼女に、どうにもならない片想いをしている。


(それも、間違いなく……オレ……?)























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