24eme. その相手はジャッカスさん。(中)


「……なんか、元気ないな。どした?」


 ギクリとなったのは、そこまで顔に出ているのかって思った。わかば先輩なら兎も角、ジャッカスさんまで見破れる程か。


「光と喧嘩でもしたか?」


「何でそこで相原なんですか」


「つーと、別の子だな。光の友達?」


 その言葉にびっくりして、齧ったドーナツが喉が詰まりそうになった。コーラで無理やり詰め込んだけど、舌がマヒしてて甘さを一切感じなかった。


 こんな稚拙な誘導に、俺は見事に引っかかってしまった。やはり高校生って、中学生より一枚上手なのか。


「図星だな、何があった?」


「なんもないです」


「何も無い奴は、なんもないって言わないんだよ」


 ジャッカスさんから目を背け、俺は黙ってコーラを口にした。相原家で飲んだ瓶の方が、百倍旨いと思った。


「おっと黙秘か、分かった。長丁場には慣れてるぞ、俺は。なんせ、朝から此処に居たくらいだ」


 思いもよらない台詞に、今度はコーラをむせそうになった。


「サボったって事ですか?」


「サボリじゃない。次の戦に向けて、英気を養っていた所だ」


 ものは言いようってあるけど、彼の場合はただの屁理屈なような気がした。


 ジャッカスさんが再び本を広げた。意外にも軍事関係の書籍だったけれど、突っ込むのも野暮だとか思った。


 そして、この人は本気で、俺を待つつもりなんだって思った。この人にとっては、ただの暇つぶしなのかもしれないけど。


 何故だかその姿勢を見て、罪悪感を覚えてしまった。


「何で皆、俺なんかの為にそこまで……」


 わかば先輩やクロだけじゃなく、今こうしてジャッカスさんですら何かをしようとしてくれている。


 俺なんかの為に、みんなが自分の時間を使ってくれている。こっちは何も出来ないっていうのに、そこまでしてくれる義理なんて全く無いっていうのに。


「俺なんか……か」


 ジャッカスさんが本を閉じて、改めて俺と向き合った。


「昔話をしよう、三か月前の話だ」


 三か月前の話が昔話かというと違うと思うけれど。ジャッカスさんの中ではそうなのかもだから、俺は黙って耳を傾ける。


「一回、みぃなチャンを怒らせた」


 ジャッカスさんは何故か、わかば先輩のことをみぃなチャンと呼ぶ。皆結希って名前だからだろうけど、妙なあだ名だ。それを言ったら、ジャッカスも妙か。


「……って、わかば先輩怒らしたんですか」


 あの人は目つきは鋭いけれど、人相は悪くない。消防士みたくムキムキだけど、話してみると穏やかだ。身体大きい人間は心も広いんだろう、と勝手に思っていた。


「いや、余程のことを俺が言ったせいもあるんだけどさ」


 ジャッカスさんは、恥ずかしそうに後頭部をかいた


「……なんて?」


「一人っ子には、妹居る奴の普通は分からない。みたいな感じだっけかな?」


 今の台詞に少し驚いたのは、ジャッカスさんが言った余程の話ではない。わかば先輩が一人っ子ってのが、意外過ぎたんだ。


 てっきりクロみたいに、弟や妹の世話を焼いているから、面倒見がいいのかと。


「俺も勢いで吐いた台詞だし、その後すぐメシ奢って仲直りはしたんだけどさ。未だに何で、逆鱗に触れたかは分かってない」


 ざわついた心が残像を作り出す。苦しみから抜け出すヒントが、そこにあるような気がした。


「そっか」と何か思いついたのか、ジャッカスさんが両手をペチンと叩いてから席を離れた。


 今度は何をするのか分からないけれど、本当に思いつきで行動するような人なんだなって思った。考えずに動けるのは、才能なんじゃないかって思ってきた。


 朝、ドアを開けたらカーニバルが始まって、準備はオッケーで。楽しければいいんじゃない、悩みだって動じない。凹んじゃう時も沢山あるだろうけど、ああやって泳いでいけるんだろうな。羨ましいかもしれない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る