23eme. その相手はジャッカスさん。(前)


 どれだけ頑張っても前に進めないものもあって、一人じゃ何もかもを無くしてしまいそうだ。


 だからって、何もしないのは間違っているんだよな。


 かと言って、独りよがりになるのも違うし。


 わかば先輩やクロだったら、こんな時例えばどうするんだろう。わかば先輩が良かったら、クロも良いっていうなら、聞かせて欲しいんだ。


 携帯電話を取り出した。わかば先輩の名前を探してみる。連絡先を交換してなかったのに気づく。


 クロの名前を探してみる。押立クロの名前の下に、押立梨花の名前もあった。


 それを見た俺は姉に「クロの前にあたしに相談しなさい」と、言われたような気分だった。


 姉に恋愛相談とか、冗談じゃない。俺は画面を閉じて、携帯電話をポケットにしまった。


 まっすぐ家に帰る気分になれなかった。だけど甘いものを食べる気分には、もっとならなかった。天のことを考えなきゃいけないんだけど、上手く頭が働かなかった。


 アオさんとケーキを食べたコンビニ。そこの横断歩道をまっすぐ渡れば今の家。だけど、右折する。


 石畳のようなレンガの歩道。坂道が多い街だから、地元と比べて自転車も歩行者も少ない。


 バス停、木のベンチ。歩道橋の下をくぐる。日差しの下だけど、風が無いから涼しくも何ともなかった。


 坂道を下る。右手にはマンション、駐車場には国産車は無かった。


 小奇麗な格好をしたマダムが、日傘を差して散歩をしていた。マンションを越えると、小さな草むら。犬を散歩しているおじいさん。


 公園かと思ったけど、遊具が無いから本当にただの原っぱのようだった。俺の昔住んでいた街と違って、山を切り開いた場所だからか。土地に余裕はあるのかもしれない。


 十字路、横断歩道。赤信号なので、足を止める。目の前に大きなミキサー車が通った。荷台のローラーだか何かがグルグル回っているのを見て、俺の脳みそみたいだとか思った。


 青信号、横断歩道を渡る。右手にはさっきより大きな立体駐車場。そのまま建物は、スーパーに繋がっている。


 そのまま真っ直ぐ歩く、風景が駅前に変わる。バスロータリー、コンビニ。駅ビル、ドーナツ屋。ジャッカスさん。


「……ジャッカスさん?」


 俺は立ち止まり、自分の来た方向から順番に目を向けた。


 バスロータリーがあって、それに沿うようにコンビニがある。隣は軽いショッピングモールみたいなビル、その隣は塾の入ったビル。


 次は駅ビル、次はドーナツ屋とか銀行の入ったモール。そこの一階が、ドーナツ屋。以前、俺と天ときのみさんとクロの四人で、前世の話をしたドーナツ屋。


 ガラス張りの店内は、簡単に中を覗くことが出来る。制服を着たジャッカスさんが、二人掛けの席で本を読んでいた。


 うん。俺が会いたかったのは、そっちじゃない。


 三十六計逃げるに如かず。見つかる前にとんずらしようかと、動いたけど時すでに遅し。ジャッカスさんは俺と目が合うなり、本を閉じてこちらへと手招きした。


 彼はクラスメイトの相原の兄だ。後で何か言われても困るし、いつもCDを借りている義理もある。


 俺は店内に入り、彼の方と足を進めた。近くに来るなり、ジャッカスさんは席に掛けるように勧めてきた。


「ソラっち、一昨日ぶり。どうだったよ、新曲は?」


 俺が席に座った途端、まくしたてるようにジャッカスさんは話を始めた。


「……と、ちょっと待ってろ。コーラでいいか?」


 何て言おうかと考えていたのに、ジャッカスさんは注文カウンターへと行ってしまった。


 質問しておいて、そっちのけって、どうなんだろう。暫くすると、ジャッカスさんはトレーを持って戻ってきた。


「遠慮すんな」


 俺の前に置かれたトレーには、ジュースの入ったグラスとドーナツの乗った皿が置かれていた。


 オールドなんたらは嫌いじゃないけど、コーラと相性は良くないと思う。だけど折角の好意だし、いつもCDを借りてる義理もある。お礼を言って、飲み物に口をつけた。


「それで新曲なんだけど……」


「あ、すみません……。まだ、聞いてないです」


「何だよぉ」


 ジャッカスさんは不貞るように言ったけど、笑顔だったから冗談半分なんだろう。俺は気にしないようにした。ドーナツを口に運ぶけど、甘さは何の慰めにもならないって思った。

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