てのひらの星芒
青島もうじき
1
枯れ葉や枯れ枝には困らなかった。
つい一か月ほど前までは黄金の絨毯を広げていたブナの林床も、今となってはすっかり彩度を落としてその地肌を見せている。
もっとも、今みたいな夜だとその違いもあってないようなものだけど。
葉を落とした林は、空から降り注ぐ星明りを遮らない。森に住まう生き物たちも姿を隠す場所を失って、冬の間の長い眠りに就こうとしている。
目の前に組み上げた枯れ枝の小さな山。少し目線を上にずらすと、それを少し大きくしたような、丸太でできた屋根の低い小屋が目に入ってきた。
私の、仕事場兼倉庫だ。
まったく。乾いていて、よく燃えそうだ。
毎年、姿の目立つ冬には仕事を休むようにしていたけれど、今年のそれは少し意味合いが違う。
『くらげ』が実用に踏み切られて以降、
たまに空から降ってくる星砂を探すのは、私のような子どもにとっては宝探しのようなものであった。大人のあまり立ち入らないような沢の窪み、大樹の
きっと、大人には見つけられなくて、子どもには見つけられるようになっているものなのだろう。
そしてそれは、結構なお金になっていた。
星砂には不思議な力があって、物を動かしたりするのに使えるらしい。昔、お母さんに聞いたことがあるけど、使い方なんかはよく理解できなかった。きっとお母さんもよく分かっていなかったのだろう。石炭みたいなものよ、って言ってたけど。
そんな星砂は、森で遊んでいた子供が拾って家に持ち帰ったら、新しいおもちゃと美味しいおやつを買ってもらえるくらいには喜ばれた。町で買い取りをやってるところに持っていけば、一粒で私の家族が一か月食べるのに困らないくらいのお金になるのだ。
でも。そんな生活も、もう続けられなくなってしまった。
数年間の夜を過ごした小屋を、目に焼き付けるようにもう一度だけ見る。不思議なぬくもりのある小屋だった。一人ぼっちの暗い夜でも、瓶の中でほのかに輝く薄緑の光は、ズルをしてそれを集めている私の胸の中に渦巻く、ほんの少しの後ろめたさを慰めてくれた。
マッチが、星砂で得たお金で買った最後のものだった。
箱の側面のざらついた部分と、マッチの頭の部分をこすり合わせると火が灯るのは、お母さんが料理をしているのを見て知った。
その後ろ姿を思い出しながら、取り出した一本を勢いよく箱にこすりつけると、力みすぎたのか真ん中の辺りでぽきりと折れてしまった。
なんだか、私の躊躇いを表しているみたいだった。
自分の中では、もう諦めがついたと思ってたけど。
折れたマッチを焚き木の山の中に放り込んで、一つため息をついた。
こんな夜でも見上げた空には星が瞬いている。昨日までの、私の仕事場。
『くらげ』は、夜が一番深くなる真夜中に飛ぶのだという。それが一番効率的に星砂を集められるからなのだとか。
だからというわけじゃないけど、小屋を燃やしてしまうのもそれに合わせてみようかな、なんて思った。
マッチを、作業服の前に縫い付けた大きなポケットの中に放り込んだ。想像以上に軽くって、こんなもので建物一つ燃やせてしまうことが、なんだか不思議だった。
この服だって、売らなきゃいけないかもなぁ。それなりに上等な服らしいし、それなりのまとまったお金にはなるだろう。
めったに人がこないから、人目を気にする必要もない。ごろりと寝転がると、小屋の周りの木々に輪郭を切り取られて、濃紺に粉砂糖をまぶしたような夜空が目に入ってきた。
まぁ、人が来ないからここを選んだんだけど。
そんなことを考えていたから、うとうとしていたところに突然声をかけられたのには驚いてしまった。
「あのぅ……」
私の知るこの森の中で上から降ってくるものなんて、星明りか、そうでなければ仕事ができない日の雨か、それから秋が近づいてくると黄色や紅に身を染めた葉か、それぐらいだった。
だから、降ってきたそれを、一瞬人の声だと捉えられなかった。
まぁ、寝ぼけていたのもあったんだけど。
「ごめんなさい。お休みしてるところ、邪魔してしまって」
「うわっ、えっとその、これは」
慌てていたせいか、反射的に言い訳をしようとしてしまった。
いや、私は子供だけど家出とかしてるわけじゃなくって。こんな夜にこんな人気のない森にいるのは今が仕事中だからで。あ、だけど仕事とはいってもなにかやましいことがあるわけじゃなくって、私と家族が慎ましく暮らしていけるだけのそれを稼ぐための――
跳ね起きた衝撃で服の中のマッチの箱が揺れ、かさかさと音を立てた。それでやっと、我に返った。
「ごめんなさい、慌てさせてしまって」
心から申し訳なさそうに眉を下げていたのは、背の低い女の子だった。私よりも、いくつか下くらいの年齢かな。10歳にもなってないかも。
端の擦り切れた簡素な服を着ている。もう寒いだろうにむき身で飛び出している棒のような足には、あちこち擦り傷やら切り傷やらができてしまっている。
そんな子供がどうしてこんなところにと思っていると、その答えは彼女自身の口から語られた。
「道に、迷ってしまったんです」
途方に暮れたように俯く少女は、今にも消えてしまいそうに明け方の空に融け残っている弱々しい星の瞬きのような声で、そう言った。
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