残り九十三話 泥酔

 同僚の木戸さんは酒豪だ。

 一度か二度会社の飲み会で同席したことがあったが、それはそれはすごい飲みっぷりであった。

 今回も久々に飲み会で会って、またあの飲みっぷりを見ることが出来るのかと思ったのだが、今日の木戸さんはどうにも飲み方に覇気がないように見えた。

 気になって訊ねてみると、ちょっとね、と木戸さんは苦笑のような何とも言えない笑みを浮かべた。

 変な話なんだけど、と彼女は前置きをして話し始めた。


 いつだったか、木戸さんはいつものように飲み、泥酔して家へ帰ったのだという。

 彼女はマンションで一人暮らしをしており、当然ながらインターホンを押しても誰も出ない。そのため鍵を挿してドアノブレバーに手を掛けようとしたのだが、そもそも鍵が挿らない。

 ムキになって何度も鍵を押し当て、ドアノブをガチャガチャと動かし、何度目かでここは自分の階ではないのでは、とハッとなって木戸さんは駆け出した。

 あわてて階段を駆け下り、先ほどの部屋の真下の部屋で同じ動作をすると、今度は簡単にドアが開いた。


「あはは、やっちゃいましたね。でもまあよくあることじゃないですか」


 木戸さんがその失敗を気にして酒を飲んでいないのだと思い軽く笑い飛ばしたが、彼女は神妙な顔をしたまま黙って目の前の日本酒のグラスを見つめている。


「あのね、私の部屋、最上階にあるんだよ」


 彼女は目の前の酒を一気に飲み干すと、そのまま早めに帰宅した。

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