怪異譚 かつて人だったもの達

ナディア・グリマルディ《Alice》

第1話 大脱出

眼前には暗闇が広がる。透き通るような風の肌触り、どこらからとも無く聞こえる車のエンジン音。深淵が広がる山の中、ドグラは奔走する。

辺り一面、彼女以外の者はおらず、走る度に草がクシャクシャと踏まれる音だけが聞こえる。頼りになる明かりは月だけである。

山を走り、駆け下りていく。

彼女は後ろを振り向く。

山の中にあった研究施設はその影、形を炎に包まれ、失われていくのが遠目でも見える。

「やっと自由だ。ふふふふふ。」

ドグラは不敵な笑みを浮かべる。

「これからは私のような存在が生きていけるような世界に変えてやる…ぐふふふふ。」


その場をあとにして、ドグラは去る。

田舎の山をひたすら降りていった。

何にも気を止めることもなく。ただひたすらに走り続けた。



〈時間〉がくると入れ替わってしまう。


この事だけが頭を過ぎる。


急いで離れなくては。そして、潜伏する場所を見つけなくては!


その日、屍は消えた。

暗雲の如き、闇に照らされたその姿は光の中から消えていった。

藤崎未来はどこかへ行ってしまった。


この山奥の研究施設の火事は後日大きく報道され、不気味な話として広まった。

誰がしかけたのか、誰がどういう意図をもってやった放火なのか、それとも自然発生したものなのか原因不明のままだった。

また、研究施設が大きかった割には焼死体1つも見つからず、中はやたらと物も少なく、中には燃えてしまったものもあるだろうが、あまりに不自然な点が多い事件として広まった。

そもそもこの研究施設自体何の目的で建てられたのか不明。ここにこんなものがあったこと自体そもそも知る人がいなかった。

突如として現れ、突如としてその姿を消したその研究施設はいつからそこにあったのか。

誰がなんのために建てたのか。いつ建てられたのか。全くもって不明であった。

パラレルワールドから転移してきたものだというオカルトマニアは説を唱えるものが現れる始末になった。

巷では、1日で出来て、1日で消えた呪われた研究施設として半ば都市伝説的存在として語られていくことになった。

消防隊が中で燃えずに残っていた資料を見つけ出したらしいが、その内容はあまりに恐ろしいもので世間に公表できるものではないと、この騒動が起きてから1週間のことだったが、その存在は闇に葬られた。

ただ、世間には〈1日だけ存在した施設〉という名で語り合う話のネタとなり、SNSでもトレンドを飾る記事になっていた。


それから2週間経ったある日、オカルトハンターを自称する人物達がこぞって夜になって集まり、独自にこれをしらべようてしていた。

その施設の跡の周囲には立ち入り禁止とされた標識があったが、そんなものは無視していた。


「以前から気になってた点なんだが、ここって本当に何も無かったのか?」


「近くの住人やここの山道を通る人物の発言によると、〈その日〉の前日までは存在さえしてなかったみたいだよ。ここは元々だだっ広い空き地で、何もなかったし、建設工事も何もされてなかったらしい。だからそれらの発言と照らし合わせると明らかにこの施設の存在は矛盾する。これは周知の事実だろ。オカルトハンターの名が泣くぞ。」


「中はもぬけの殻だったらしいな。実際今見てきたけど何も中には無かった。まあ中にあった資料も警察やら消防隊やらに持ってかれたかもしれんがな。今あるのはこの跡地だけさ。期待外れだったぜ。」


3人は固まっていた。

夜に3人だけで山中にいた。

時は丑三つ時。


「そろそろ帰らねぇか。気味悪いはここ。」


「それもそうだな。奇っ怪な現象が起きるかもしれんしよ。それを”聞く”のは楽しいが自らの身に降りかかるのはごめんだぜ。」


「もうこんな時間か。流石に月とスマホと懐中電灯くらいしかまともな光がないし、暗すぎるな。」


そう3人は急に怖気付いていた。

自分達が置かれている状況に耐えかねていた。

辺り一面真っ暗。一寸先は闇の状況。帰る手段としては車があるから問題ないが、もし”足”がなければ生きた心地がしなかっただろう。


「車に戻るか。」


「そうだな。」


3人は施設の跡を後にして、車の方へいった。


何事もなく、車にはたどり着き、着席した。


くいっ。


ギギギギギ


「あれ?おかしいな。エンジンがかからない。」


「は?こんな時に限ってかよ。」


「嘘だと言ってくれ。早く家に帰りてぇよ。」


「待ってろ。ちょっと様子見てくる。」


1人は車を降りた。


「あいつ大丈夫か。早くしてくれぇ。」


「仕方ない。待つしかないだろ。我慢するんだ。」


2人とも声が震えていた。


20分経ったが帰ってくる気配がない。


「えっ何をやってるんだあいつ。」


「流石に時間がかかりすぎだな。ちょっと様子見てくる。」


「俺を1人にするなぁ。ついてく。」


2人は車から出る。


「何やってんだーおーい。」


声をかけるも返事がない。


「遅いから様子見にきてやったぞー。」


返事はない。


「どこいったんだあいつ。」


おもむろに車の後ろにいく。


そして2人は唖然とした。


その男は強ばった顔で目を見開いたままで、胴体と首が離れているではないか!

辺り一面血の海と化していた。


「「うわっあああああ」」


2人は大慌てで金切り声をあげ、慌てふためく。そして、周囲を見渡す。


「なにがおこったんだ。なににやられたぁ。」


気が動転しながらも冷静に状況を把握しようとするも遅かった。


「なぁ。なんだあれ。」


1人が指さす方向を見ると


赤いドレスに身を包んだ女性のような影がいた。


「にっにげろぉぉぉぉ」


2人は慌てて車の中へ入ろうとした。


「幽霊かもしれぬ。」


「相変わらずエンジンかからないか。」


ドゴッ


パリン


バガッ


2人は驚愕して声が出なかった。


その女性が車の窓を叩き割り、さらにはドアを開けていたのだ。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ」


翌朝、3人の死体が発見されることとなった。原因不明の変死体だった。

全員が首をはね飛ばされていたのだ。


こうして研究施設は呪われた場所として禁忌の場所であるという認識が世間一般に広まった。


後日、とある街角


「不測の事態に対応する用は済ませてます。あの場所に近寄るもの皆殺しにする計画は実行中です。ドグラさん。」


「ご苦労さまぁ。これであの場所に馬鹿みたいに近寄る輩は現れないだろうねぇ。」


2人は不気味な笑みを浮かべ笑いあった。





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