「魔力の無い魔術師」2
2
魔術師になったぼくは、お父さんの立場上「見捨てられた街路」に戻されることはなかった。
といって魔力が無いからまともな仕事にはつけなかった。
お父さんは、ぼくに魔力が無いことを他人に知られることをもっとも嫌った。
それはそうだろう。魔力がすべてのこの街で、高位魔術師として威勢を振るうこの街で、自分の息子に魔力が無いなんて。他人に知られたらお父さんは間違いなくぼくを殺していただろう。
だからお父さんは、魔術師になってからもぼくを隠そうとした。
人目につかない場所に、誰も寄りつかない場所に。
ほどなくぼくは、小さな図書館の資料室に働き口を与えられた。
街の片隅に、忘れられたように佇む小さな図書館だった。調べ尽くされた用済みの文献が埋もれる図書館だった。
「ここなら通いやすいだろう」
お父さんは図書館の近くに小さな家を買ってくれた。愛情なんかじゃない。それはもう家に帰ってくるな、という暗黙の意思表示だったに違いない。
図書館には、ぼくのほかには年老いた中位の魔術師が一人いるだけだった。
生きているのか死んでいるのかも分からない、抜け殻のような老人だった。
「見捨てられた街路」にいたときは、それでも少しはあった会話も、その日々では失われた。
だけどぼくはそれでよかった。
会話がなければ罵倒されることもない。人目につかなければ蔑まれることもない。
誰も来ない薄ぐらい図書館で、ぼくは古代の文献を一つ一つ分類し、痛んでいる箇所があれば修復し、棚に一つずつ並べていった。
それは幸せな時間だった。
文字を覚えるのに時間はかかったけれど、少しずつ本が読めるようになっていくと、本から声が聞こえてくるような気がした。
人との会話はなかったけれど、ぼくはずっと誰かと話している気がしていた。
ひそやかに息づく
でも、やっぱり時々寂しくなった。
このまま隠されたまま、忘れられたまま終わってしまうことが、やっぱり寂しかった。
だからぼくは、時々こっそり図書室を出て、街の北西で涙をこぼした。
神殿を中心に円状に作られているディザリルの街は、日当たりの関係もあるのか、南側ばかり発展していて、街の北側は発展していない。昼なお薄暗い真北には「見捨てられた街路」があって、北東には墓地がある。そして北西には手つかずの空き地が広がっていた。
誰も来ない、ぼくだけの場所。
人の来ない北西の空き地で、ぼくは一人涙をこぼした。沈みゆく西日が、何も無い未来をぼくに教えている気がした。
そんな日々が17歳になるまで2年間続いた。
そして、17歳になって1ヶ月が過ぎた頃のこと。
ぼくはつい、とぼとぼと門の外まで出てしまった。
何を考えて歩いていたのか、今となっては分からない。
だけどぼんやり何かを考えていたぼくは、
「あれ?」
取り巻く空気が変わって、ぼくは顔を上げた。
魔法陣の魔力が無くなって、変わりに初夏の日差しが世界を眩しく染めていた。
「うわ……」
きれい……。そう思った。
街の外にはこんなにきれいな世界があったんだ。
ぼくは嬉しくなった。
ウェルゼ湖の水の音まで輝いて聞こえた。
木の葉は陽光を浴びて
「すごい……」
ぼくは新鮮な空気を胸一杯に取りこんだ。
おいしい。
世界はこんなに美しくて、こんなに輝いていて、こんなにも命に溢れているんだ。
気がつくと、図鑑でしか見たことのなかった水色の丸い生き物がこっちを見ていた。
あ。ラテアだ。うわあ。かわいいんだな。
湖のほとりに住む、水を浄化するために作られた魔法生物。球状の体に丸い目と小さな口が付いている。湖に汚れた場所があると出かけていき、体内で浄化して川に戻す。こちらから何かをしない限り、向こうから襲ってくることは無い温和な生き物。
羽音に目を向ければ鳥が舞い、草むらから小動物が顔を出す。
そんな当たり前のことが、とても嬉しく思えた。
だから油断していたんだろう。
ぼくはすっかり忘れていた。
街の外には人を襲う生き物もいるってことを。
突如鳥たちが一斉に飛び立ち、小動物が姿を隠した。ラテアたちも忽然と消えた。
直後、いくつもの耳障りな羽音が湧きあがった。
巨大蜂「ガンティサプア」だ!
ラテアのような魔法動物と関わっているうちに巨大化し、ラテアの兵士「ラテア・デュラグ」から奪った槍や盾を道具として使う知恵まで身に付けた凶暴な昆虫。
仲間以外の動くものはすべて敵とみなし、食用か否かに関わらず集団で襲い掛かるという。街の周辺のガンティサプアは見つけ次第駆除されていると聞いているけれど、北西の、こんな誰も来ないようなところは放置されていたんだ!
ぼくはとっさに身構えた。
だけど……。
だけど、身構えてどうするんだ。ぼくは魔法が使えないんだ。
「うわああああ」
ぼくは巨大蜂に背中を向けて走り出した。逃げるしか無い。相手は5匹。いや、6匹。分からないけれど、刺されたらきっと死んでしまう。
だけど、すぐに足がもつれた。躓いて、もんどりうって、ぼくは頭から地面に突っ込んでしまった。
背中に巨大蜂が迫ってくるのが分かる。
もう駄目だ。ぼくはここで死ぬんだ。怖いよ、お母さん。
ぼくは目をつむって頭を抱えた。
だけど、覚悟した痛みはなかなか襲ってこなかった。
「?」
恐る恐る顔を上げると、巨大蜂がぼくの背後、2メートルくらいのところで止まっていた。
ぼくとは違う方向を見ている。
六本の手で鋭い穂先の槍を持っているのが見えた。ぼくは思わず震えた。長さは50センチくらい。人間の大きさならば槍というよりは矢だけれど、あんなもので刺されたら、ぼくなんてひとたまりもなかっただろう。
その穂先が、林の方を向いている。なんだろう。どうしたんだろう。
息も出来ずに見ていると、蜂たちが一斉に動いた。ぼくを追いかけてきたときよりも速い速度で一直線に飛んでいく。
そして、弾けた。
氷の割れる音。空気を切り裂く音。ほとんど同時だった。
今のは、魔法。
魔法で作られた氷の矢が、巨大蜂を貫いた。一度に、一瞬で、6匹を。
ぼくが呆然と見ていると、木陰から一人の魔術師が現れた。
最高位の魔術師しか着ることを許されない金色のローブ。
「大丈夫か?」
その声にぼくは安堵した。
どうやら助かったらしい。
ぼくはその場にへたりこんでしまった。
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