ある魔術師の伝説 ~魔術師の街に生まれながら魔法が使えなかった少年の逆転物語。逆転するのはいつ!?

坂梨らいと

序章

「魔力の無い魔術師」1

 何か特別な理由があったからじゃない。

 ぼくが魔術師になったのは、魔術師の街に生まれたから。

 ただそれだけの理由でしかなかったんだ。



 「ある魔術師の伝説」


 序章「魔力の無い魔術師」


  1


 大陸の北西、峻嶺連なる一角に、魔術師の都「ディザリル」があった。

 街の人間は老若男女を問わず皆魔術師。

 なんでも水を自在に操った古代人の末裔が作った街だそうで、街全体が水の魔法陣になるように計算して作られているとのことだった。


 高い峰々に囲まれた湖――ウェルゼ湖の真ん中に浮かぶ魔法陣の街。

 ぼくはここで生まれ、ここで育った。


 外の世界を知らないぼくにとって、世界はここがすべてだった。

 だけどぼくは、この街が、ぼくの生きる世界が嫌いだった。


「デルンの蛮人共はまだ原人ごときに手を焼いているらしいな」

「奴らの街を見たことがあるか?石積みの城壁の醜いことよ」

「その点我らが街はどうだ」


 他に比類なき美しさ。このディザリルこそ世界の中心。唯一正当な古代文明の後継者。魔術師以外の人間を蛮族と蔑み、理解しようとも思わない傲慢さ。


 ぼくはそんな魔術師たちが大嫌いだった。

 そんな魔術師たちが住まうディザリルの街が大嫌いだった。


 だけどぼくには、ここで生きる以外の術がなかった。

 なぜならぼくは、魔法が使えなかったから。


 そう。ぼくは魔法が使えなかった。この街に生まれた者なら誰でも使えるはずの魔法が使えなかった。


 水の魔法陣の力によって、街の中にいればみんなの魔力は強まっている。

 だから外であまり魔法が使えない人でも、街の中にいればちゃんと使える。


 それなのに、それなのにぼくは、その街の中にいてさえも魔法を使うことができなかった。


 お父さんがどう思っていたのかは分からない。お父さんはいつも家にいなくて、だけど、時々帰って来たときのその顔は、とても怖かった気がする。


 きっとぼくが魔法を使うことができなかったから。だからぼくのことを許せなかったのだろう。

 なぜならお父さんは、街でも指折りの魔法学校で教鞭を取る高位の魔術師だったから。


 お母さんが生きていたらかばってくれたのかな。毎日泣いているお母さんの顔しか思い出すことができない。きっとぼくが、魔法の使えない出来損ないだったから。お母さんは自分を責めて…。


「ごめんね」。


 そう言って、お母さんはぼくが5歳のときに湖に身を投げた。


 そうしたら、お父さんは簡単にぼくを捨てた。

 といっても、のたれ死にされても困ると思ったのだろう。お父さんはぼくがとある宿屋に拾われるように手を回した。


 それはディザリルで最も汚れた一角にある、薄汚い安宿だった。

 俗に「見捨てられた街路」と呼ばれたその一角は、魔力の低い貧しい人々が集まる貧民街だった。


 ぼくはそこで、宿屋の主人に奴隷同然にこき使われた。

 なにしろ魔力のかけらも無いから、身体を使って働くしかない。だけどぼくの体は小さくて、大人の半分もろくに働くことができなかったから、何をしても役立たずと罵られ、魔力が無いと蔑まれ、事あるごとに殴られた。


 世間的には遠い親戚の家に預けられたことになっていた。

 だけど、さすがに誤魔化しきれなくなったのだろう。


 ぼくは15歳になるとお父さんに呼び戻された。そして魔法が使えないにもかかわらず、神官から魔術師の称号を授けられた。


 ディザリルの街に生まれたから。高位の魔術師の子供として生まれたから。それだけの理由で。

 

 

 

 

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