DIVE3
ありえないハズの事実は彼女の心を深く歪め醜く咲き乱れる。
「私はあなたに私と永遠なる契約を交わしたハズだわ。でもっ!!!!」
沈黙。
不快な間は不純な沈殿物を伴い言葉の透き間を埋める。
「でもあなたは来なかった!」
疑問。
「来なかったのよう!!!!」
意味が解らない。理解に至らぬ範疇外の情報。幾ら考えても彼女の想いに届かない。
「?????」
「その顔・・・・・・いやあっ!その顔いやあっ!!!!!!」
サリーは座りこみ頭を覆った。覆うばかりではない。次第にその指に力が込められ筋肉が醜い筋を連ねた。まだ、まだだ。まだ力を込める。関節が、指が、爪が頭皮に柔らかく沈み込む。それから聞くも不快な爪が髪の間を潜り頭皮を削る音が響く。
バリバリバリ
この世に存在する悪意の憎悪が声を出すとしたら、こんな音から始るのではないか。そう思わずにはいられない程の不快の極み。憎悪の軋み音。
やがて、その掻き毟られた髪がサリーの表情を消し去るように前に垂れた。その垂れた髪に【つうー】っと、綺麗な紅い玉がゆっくり、ゆっくりと滑り落ちる。
ひとつ、
ふたつ、
みっつ、
よっつ、
やがて・・・・・・
ぼたぼたと絨毯に広がる紅い染みはその面積を無作為に徐々に侵攻させてゆく。
そして・・・・・・・
サリーは笑い出した。
笑ったのだ。
文字通り、
気がふれたかのように、
けたたましく、
それは化鳥の如く。
頭を振る。
髪を振り乱しそこら中に血を撒き散らす。ベイビー・スーの顔にもその紅い玉は降り掛かる。
ぬるり。
頬についた液体を指で拭ったつもりが横に紅い筋を二本作った。その指を見てみると生暖かい赤色が指に付着し、思ったより鮮やかでない紅色に純粋に吐き気を催した。
そして……
遂にカラミティ・ジェシーを包んだ輝きは、
まばゆいほどの発光を魅せる。
そして、
その頂点に達した時、
ジェシーが消えていった。
その寸前、
カナシソウナメヲムケタ
消えた。
それは……錯覚だったのか?空気の歪みが生んだものであったのか、それは判らない。
だが、その表情は明かに違う意味を含んでのものであった。
違う。
違う?
何が?
何が違うというのか?
ベイビー・スーは微かな違和感を頼りに、その感触を紐解こうとした。
そして……
不意に視界に入ったモノ。
『空ペンシル』
頭を振り乱すサリーが落としたモノだ。
心像が《どくん!》と踊った。
嫌な予感と、違和感のベクトルがゆっくりとゆっくりと寄り添う。
そしてその周波数が重なり合った時、
ベイビー・スーの中で何かが弾けた!
「はあっ!!!」
草原に転がった空ペンシルをベイビー・スーは無我夢中で拾い上げた。
と、その一連の行動をサリーが気付きベイビー・スーを睨んだ。
「やめて」
言葉ではない微かな空気音に載った異物が人の声に結実したようだった。
「?」
ベイビー・スーは、それでも気持ち的には自分の行動自体が理解不能だった。
しかし、
その空ペンシルを握り締めた指は静かに上部のボタンへと滑ってゆく。
上部ボタン。
すなわち、
イレイズ・ボタンへとだ!
私は今、何をしようとしているのか?
分からない。
不意にサリーがベイビー・スーの元へと駆け出した。
だが、
その走り方は、実に滑稽な様だった。
前につんのめって、異様なバランス感覚で身体全体を右斜めに傾斜させながら向かってくる。
「ひ!」
押した。
ずみゅううううううん!!
サリーが光に包まれる。
「!!!!!!!!」
声にならない声。
まさか?
サリーはベイビー・スーに駆け寄りながら右足首が消失するのに気付いていない。
それでもその速度は止まらない。
一瞬の記憶の中で、
花畑の上をこちらに向かって駆けて来る少女のサリーがよぎる。
しかし、
現実のサリーのいびつに様々な部分が欠けた身体を器用に自分へと進んでくる。
「は……」
足がなくなり、腕がなくなった。
それでも身体の揺れの蛇足で何もない空気の中を切り込んでくる。
そして、サリーの身体が完全に消失し顔だけになった。
そして………
消えた。
その瞬間、
ベイビー・スーは全ての謎が氷解した事を知った!
全ては自分が作り出した妄想だった。
しかも、その妄想は現実をインスポイルする為ではなく、それらをカモフラージュする為の産物であった。
つまり、
カラミティ・ジェシーを殺したのも……
トゥイニーを殺したのも………
サリーを殺したのも………
全ては
自分であった。
何ということか。
自分の罪深さを嘆き、自分の中の自分がその重圧に耐え切れずに妄想を加速させ肥大させたのである。
自分はジェシーの陰にこもる性格が耐えられなかった。流せなかったのだ。
自分はトゥイニーの甘えが許せなかった。何かと自分を頼ってくるのがたまらなく嫌だった。
自分はサリーが盲目的に自分を愛するのに究極的な嫌悪感を感じていた。そしてそれは彼女がビアンだった事に起因するのに、その嫌悪感は殺意に摩り替わるのに造作ない事であった。
ああ!
ああ!
自分は何ということを!
自分が犯した罪を自分が理解するのに二十年以上の歳月がベイビー・スーには必要だったのだ。
『怨』と『聖』の二人の自分がせめぎあい今の自分を形作っているのだ。
だが、
全てを今の『聖』の自分が知った今……
とるべき方法は一つしかなかった!
何故か?
それは、
消えるサリーが最後にベイビー・スーを見た目がその答えを指し示していた。
その目は、ジェシーのようなこの世全ての憎悪の凝固ではなかった。
憐れみ
そんな目だった。
分かっている。
そして、
全てを理解した今、
そんな事実が自分を許すとは考えられない。
ならば、
答えは簡単だ。
ベイビー・スーは目を閉じる。
そして手の中の空ペンシルのイレイズ・ボタンを、
押した。
そして・・・・・・・・・
THE END
『心 ベイビー・スーの憂鬱な休日』 DIVE 石田1967 @linxs1967
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