第21話 勝負をしかけるお嬢様

「いったぁ、ちょっと、いくらなんでも乱暴じゃない」


 アメリの上に覆いかぶさった桐絵は頭をぶつけたと呻くアメリに少しだけ溜飲をさげるも、ふつふつとした感情は収まる様子がない。


「何が乱暴だって? 散々人を虚仮にして。それがお上品なお嬢様のやることなわけ?」

「こけって。なによ。ふん。じゃあ弱虫ではないとでも言うつもり?」

「当然。怖いわけないでしょ。馬鹿にするのもいい加減にして。じゃないと……あんたをめちゃくちゃにしちゃうかもしれない」

「……ふぅん? 口先だけで何と言われたって、そんなので私が謝るとでも思っているの?」


 真摯な警告だったのに、メアリは目を細めて馬鹿にするようにそう言った。


 口先って。普通怒るときは口頭だし、場合によっては謝れよ。と冷静に思う気持ちが半分。

 だったら行動でわからせてやる、と言うやけっぱちな気持ちが半分。

 桐絵の心は後者に傾き、上からアメリにキスをした。


 その高慢な腹立たしい態度をやめさせたいから、と理由をつけて、桐絵は心の求めるままアメリの唇をはみ、唇をなめる。

 アメリの唇は、もう何度も味わったのに、何度目でもとても美味しいと思わせる。歯磨き粉の味がしたっていいのに、甘くて、いい匂いがして、舐めごたえがある。

 ずっとそうしていたいくらいだけど、だけどそれ以上に、もっと深く口づけたい。もっと直接的に気持ちよくなりたい。


「ん」


 舌で唇をつつくと、アメリも承知したように隙間を開けてくれる。その従順さに、すでに体は熱いのにさらに一段沸騰したみたいになって、桐絵は乱暴にこじ開けるように舌を入れた。


「っ」


 抑えるようにでてきたアメリの舌を押し込むように撫で上げ、奥歯から全て磨き上げるように、舌の届く限り全て、桐絵が触れていない箇所がないように執拗に舐めていく。


「ふっ、んぅっ」


 桐絵の舌が奥まで来るのが苦しいのが、抜けるような声をあげるアメリ。それは余計に桐絵の欲求を刺激して、緩めるどころからさらに強くした。


「んっ、つっぁ」


 触れ合う快感に全身がしびれるほど感じて、頭がおかしくなってしまいそうになって、桐絵は唇を離した。

 激しい舌の動きに、その快楽の余韻もそこそこに疲労が噴出し、涎をこぼしてしまう。ほんの数センチだけ離れたアメリの口に、当たり前のように桐絵の唾液が落とされる。


「ん……き、りえさん、はぁ」

「……」


 アメリはそれを舐めとった。文句を言うでもなく、荒い呼吸で体を震わせながら、熱っぽい目をじっと桐絵に向けている。


 このまま、アメリ以外の何もかもを忘れて、この瞬間だけが永遠に続くならよかった。もしそうなら、我慢する必要だってない。欲望のまま手を伸ばして、アメリの首から下に触れることだってできる。

 だけどそうではないのだ。アメリ以外のすべてを捨てるなんてできないし、ないよりこの瞬間は終わるのだ。だからこそ、アメリを傷つけてしまったら、その後の時間は傷心のアメリが残る。それはできない。


「はぁ、アメリ……いくらあんたでも、これで満足でしょう?」

「? ……あら、何を言っているのかしら、桐絵さんは。この程度でギブアップだなんて」

「は? そうじゃなくて、お礼にキスをするって話だったでしょうが。お礼には十分気持ちよくしてあげたでしょう?」


 だいたい、リモコンをとってくれただけでキスをするのがどうかしているのだが、とにかくお礼には十分すぎるだろう。

 もちろん桐絵にアメリを気持ちよくしてあげようなんて余裕はなかったが、桐絵が気持ちよかったのだからアメリだって同じだろう。うぬぼれではない証拠が、アメリの表情だ。


 だからこれでおしまいだ。そう言う意味だったのだけど、アメリはぼんやりした表情からゆっくりと理解の色が広がり、目を細めた。


「あぁ……そんなことどうでもいいわ。」

「は?」

「そんなのただの口実じゃない。馬鹿ねぇ」

「ば、馬鹿!?」

「そうよ。あなたからキスがしやすいように、大人の私が気遣ってあげたのよ。感謝しなさいよ」

「だっ」


 なんだその物言いは。キスがしやすいように、ってまるで桐絵がアメリにキスがしたくてたまらないのを見透かしていてしぶしぶやらせてあげたかのように。

 そんな風に言うなら、それこそアメリが桐絵とキスしたくてしょうがないみたいにするからしてあげたのに!?


「わ、私だってねぇ、あなたがキスしてほしいっていうからしてあげたんじゃない。私の方こそ感謝してほしいっての」


 そう言ってやると、アメリはまだ赤みが残っていた顔を、羞恥で再び赤みを帯びさせて目をそらした。


「し、してほしいとは言ってないわ。してもいいって言ったんじゃない」

「してほしいってことでしょうが」


 さっきまでの待ち構えた余裕気な顔と違う、いつものアメリの顔。なのに桐絵はおかしくなってしまっているらしい。

 いつもの顔なのに、さっきよりも可愛くてキスがしたい。


「素直に言ったなら、もう一回キスしてあげてもいいけど?」

「し……させてあげてもいいわ」

「してほしいのかって聞いてるの」


 あくまで強気に片目を閉じたアメリに、口づけたい気持ちを抑えて再度問いかける。

 アメリは桐絵の問いかけに少しだけ眉を寄せて瞳をうるませ、口を真一文字に結んだ。


「……っ、この私が、いつまでも桐絵さんに譲歩していると思わないことね!」

「うわっ!?」


 アメリは勢いよく桐絵を脇の下から鷲掴んでそのまま起き上がった。そしてそのまま桐絵を万歳状態で持ち上げ立ち上がり、ベッドに放り投げた。


「だぁ! はあ、桐絵さん意外に重いわね」

「いたた。人を人形みたいに投げて言うことがそれだけか!」

「ふん。あなたを気遣ってあげたんじゃない。あなたは私を床に寝かせたけど、私は優しいから、ベッドに寝かせてあげたんじゃない」


 スプリングがきいているので、勢いよく落とされて跳ねたので多少の打ち付けた感はあるが、実際先ほどメアリの頭をぶつけさせたほどではないだろう。

 桐絵は唇を尖らせながらも文句はひっこめる。そんな桐絵にアメリはにっと口の端をあげてまるで悪ガキのような笑みを浮かべ、桐絵の前に立ってゆっくり上体を寄せてベッドに体をいれてきて手をついて覆いかぶさってくる。


「この私にキスをねだらせようだなんて、生意気な桐絵さん。次は私の順番だわ」

「じゅ、んっ」


 順番とか言う話ではない、と言おうとしたがキスで封じられた。


「んぅ」

「んはぁ」


 アメリはさきほどの桐絵の動きを真似るように、以前の力任せに押し付けるだけではなく、全体を愛撫するかのように触れてくる。


「ぁんぅっ」


 触れ合っているのは同じようなはずなのに、さっきとは明らかに快感の種類が違う。感情の種類が違う。それだけは感じられたが、その気持ちよさにそれ以上のことは考えられず、ただアメリのキスを受け入れることしかできない。


 さっきはもっとアメリに触れたいと思っていた。だけど今は、与えられる快楽を貪欲に求めると同時にどこか不安もあって、桐絵は助けを求めるように無意識に手をあげてアメリの背に手をまわした。


「ん!」


 桐絵はそれに応えるように腕をベッドにつくのをやめて、桐絵に体重をかけてベッド上で重なるように寝そべる形で桐絵を抱きしめた。

 そしてあふれる唾液をこぼさないよう桐絵の口内に流し込んできた。


「っ、ぅぅん」


 それがわかったのに、嫌だとはちっとも思わなくて、当たり前みたいに桐絵はそれを飲み込み、それどころかその気持ちよさにもっとと求めてしまう。


「んはっ、あっ、はぁ、はぁ」

「あぁ、ふっ、ふぅぅ」


 そうして求め合っていたが、徐々に酸素不足で頭がぼんやりしていき、お互いにタイミングを合わせたように力を緩めて唇を離した。

 いつの間にかお互い横向きに抱き合う形になっていて、力を抜いても目は合った。


 その表情は色にまみれていて、自分もそんな顔をしているのだろうと言うのは嫌でもわかる。


 すごく疲れて、舌も顎も疲れて、唾でぬれて気持ち悪いくらいだ。

 それでも、もっとキスがしたい。もうそれを否定することができない。今目の前にいるアメリが愛おしくて、一つになりたい。


 誤魔化すことなんてできないくらい、桐絵はもうアメリの何もかもに夢中になってしまっていた。

 恋なんかではないけれど、もう恋だっていい。恋だと言うことにすれば、アメリを独占して、自分だけがアメリを気持ちよくして、アメリに気持ちよくしてもらえるなら。

 アメリのすべてが自分のものになるなら、これが恋でもいい。


「……」


 そう思った。だけど、桐絵は動けない。桐絵の思いを恋だとしよう。だけどそうだとしても、アメリはそうではないのだ。

 ただの世間知らずなお嬢様の気まぐれの相手でしかないのだ。どうしたって、永遠を手にすることはできない。


 だったらこれはやっぱり、恋ではないのだ。恋であっても意味がないなら、恋じゃなくていい。

 ただ、今だけでいい。しょせんは学生時代のモラトリアムの遊びでもいい。アメリを独り占めできるなら、今だけでいい。

 そして遊びが終わった後も、友人の距離感でいられるなら、最低でもアメリの笑顔を見る事だけはできるから。特別な笑顔でなくても、アメリは十分綺麗だから。


 ではどうしようか。今だけ、あくまで友達の関係のまま、今のこのめちゃくちゃにキスをしあう関係を維持するのに、どうアメリに声をかければいいか。

 桐絵はわからない。恋をしたこともなくて、今だってしていなくて、キスをしたこともなくて、こんな友人関係だってもちろん今までなくて、どうすればいいのだろうか。


「……ふふっ、桐絵さん。今になって、そんな泣きそうな顔をして、馬鹿ね」

「えっ、そ、そんな顔してないし」


 何と言えばいいのかわからなくて、だけどこれで終わりにもしたくなくて、途方に暮れて困ってしまったけど、泣きかけてなんかいない。

 だけどアメリにはそう見えたようで、なのに人を泣かしかけている状態だと思ってるくせにどこか得意げな顔をしている。


「ふふ。強がって、可愛いわよ。だけどそんな風に強がりばかり言うなら、怖がっていてももっとキスしてしまうわよ」

「なっ、つ、強がりじゃないっての」

「ふぅん? そう。じゃあ、いいわよ。これからももっと、たくさんキスをしましょう?」

「な?」


 何一つ誘導していないのに希望通りのことを言ってくれるアメリが信じられなくて、桐絵は目を見開いて驚いてしまう。そんな桐絵にくすりとアメリは微笑んで顔を寄せて、息で桐絵をくすぐる。

 その瞳の美しさに、吸い込まれそうになりながら桐絵はアメリの言葉を待った。


「気持ちよくて怖くて、たまらないからやめてってお願いしたくなるまでキスをしましょう。そうして、もし桐絵さんが負けを認めたなら、勝者の権利として、どんなにお願いされたって構わず、もっとすごいキスをしてあげる。覚悟しなさい」


 めちゃくちゃだ。もはやただキスをしたいだけだ。だけどその勝負も、その罰も、何一つ桐絵に不利益はなくて、むしろ都合が良すぎてそれこそ怖いくらいだ。


 調子に乗りすぎのアメリの提案に、先ほどまでと違い否定する気はない。桐絵はもう、アメリとのキスをなかったことになんかできない。これからやめることだってできない。

 少なくとも、アメリと生活を共にしている限り、これほど近くにいる限り、彼女のことを求めずにいられないだろう。


「上等。そこまで言うなら、私だって手加減しないよ。アメリがこれ以上は無理っていうくらいキスをして、罰としてもっとめちゃくちゃにしてやるよ」


 そして桐絵なしでは生きられないようにしてやる。願わくば、永遠に。口には出せなかったけれど、心の中でそう桐絵は続けた。

 こうして、二人の勝負が始まった。

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