Fin heureuse

都内にある大学。ここは大半の人にとって、何の変哲もない大学のように思えるだろう。

でも、僕にはこの何の変哲もない建物が他とは違い、真昼の太陽すらも超えた眩さをまとっているように思えた。

多分だが、それはここ最近頭の中を絶えずグルグルと回っていた悩みをここが解決してくれると思っているからなのだろう。

僕は目的を果たすため、スマートフォンを取り出して画面に事前に調べておいた大学内の見取り図を表示させて目的の場所までの経路を確認する。

それから、建物の中に入り、ゆっくりと歩を進めていく。

夜の大学の広場には、もちろん誰一人もいなく、僕の革靴が石にあたる音だけがただ夜空に響いていった。

何も僕は、気が狂ってしまったからを買いたてのスーツにいれて、右ポケットを異様に膨らませてこんなところにきているわけではない。

まぁ、狂人だって普通の人だって自分は正気だと言い張るし、こんなことを言っても誰も信じてくれないだろう。

だから、僕がこんな所に来るきっかけになった出来事を紹介しよう。

それは、昨日の出来事だった。





4月1日の昼。

就活生の僕は、会社へと行くために大道路沿いを歩いていた。

東京は子供の頃に訪れた時より随分とゆったりとしていて、はしゃぐ子供達と慌ててそれを止める母親や趣味の話で盛り上がっている男子高校生、そして、“トウキョウ”に慌てながらもギラギラと目を輝かせている外国の人に溢れていた。

ならば、どれだけ素晴らしかっただろうか。

残念ながら、そんな幻想達はみんな懇切丁寧に、頭どころかお尻も、気配すらも隠していた。

そして、そんな幻想の代わりに都会の道を闊歩かっぽしていたのは、そう。

カップルだ。

しかも、みんなしてお互いにベタベタしながら、腕を組んでたり手を繋いでたりしているというおまけ付きである。

僕はあまりにカップルしか見当たらないので、僕にも恋人がいるんだ、と思ってしまった。

なるほど、じゃあ何も変なことは無い。

カップルの群れにカップルが紛れているのだ。

逆にどこがおかしいというのだろうか?

そう思い彼女と繋いだ左手に力を入れ彼女の温もりを確認しようとする。

しかし、いくら確認しようとしても手に温もりなど伝わってこない。

代わりに、手首あたりに金属のひんやりとした冷たさを感じる。

いや、まだだ。

手を繋がないタイプのカップルなんだ僕達は。

そう思うことにした僕は平清盛が

「平氏であらずとも、人にある。」

と言うくらいの確率にかけて左を見るがそこにあったのは彼女ではなく、社会人なんだからと背伸びをして買った腕時計だった。

なるほど。どうやら、僕に恋人はいないようだ。

それはそうとして、なんでこうも人はすぐに恋人を作れるものだろうか。

学生時代の同級生も、気づけば皆恋人ができていた。

修学旅行だとか文化祭だとか、体育祭とかのシーズンでなくてもだ。

『出会い』というのはそんなに日常に溢れているのだろうか?

それとも、彼らはそれを創り出しているのだろうか。

つまり、女学生は毎朝トーストを口に咥えて、曲がり角でスタンディングスタートの体制で長い間、カーブミラーを見つめて然るべき時を待っていたり、

男性諸君はルーペとかを使って女友達が前出会った時と変わったところがないかを血眼になって探したりしているのだろうか。

道行く彼らに恋人ができたのがそんな努力のお陰なのだとしたら 、僕には一生恋人はできそうにない。

でも、そんなの嫌だ。

僕にだって春が来て欲しい。

そんなしょうもないまるで片栗粉のような考えとプライドを完全に頭に溶けさせる気もなく、取り出す気もなく、脳の中でグルグルと回しているうちに会社に着いた。

1番入りたいと思っている会社への面接のための行きの道ですらそんなことを考えていた僕だ。

僕が面接が終わり次第真っ直ぐ家に帰り、スーツを脱ぎもせずパソコンで

「恋人 作り方」「モテ男 なり方」

といった単語を片っ端から検索し、要点をまとめプリントしたことくはいは想像に容易いだろう。

そしてあるサイトを見つけたのは検索履歴が数百件になり、家に帰ってから20時間ほど過ぎた時の事だった。

『某国立大学の地下の研究室で作られているのはまさかの○○?!』

といういかにも胡散臭そうなタイトルをクリックすると、某大学では人体錬成が行われているらしいという事、作られた人はお金さえあれば誰でも買えるらしいという事。

そして、作られた人を購入するために必要なパスワードが書いてあった。

賢い読者なら、こんなの子供のお遊びだと分かるだろう。

しかし、すぐさま僕は身支度をしてでかけた。

僕にはないものを僕にはないもので埋め合わせている奴らが憎かったからぶっ壊してやりたかった。




そうして、今に至る。

回想シーンが少しばかり長くなってしまったのは許して欲しい。

真夜中の大学といういつもより非現実的なシチュエーションと深夜テンションに今持ち上げられた僕は少し興奮してるようだから。

地下にあるその曰く付きの実験室の前についた僕は、

風羅ふうら 士門しもん』という名札がかかっているドアに手を置き、中の音に耳を傾ける。

だが、中からは機械が動くウィーンという音以外特に何も聞こえてこなかった。

試しに、ドアノブを捻ってみるがやはり、鍵がかかっていて開かない。

そんなことくらい予想していたので家を出てから、ポケットの中でずっと激しく自己主張をしているハンマーを取り出して、ドアノブに向かって勢いよくヘッドを叩きつける。

するとドアノブは簡単に外れ、ガコンと大きな音を立てて床に落ちた。

僕はそのままハンマーを右手に持ち、どうか、あのサイトが本物であって欲しいという気持ちと偽物であって欲しいという気持ちをちょうど半分ずつ抱えながらドアをそっと押して、実験室の中に入っていく。

そこには、無機質な黒の部屋の中にズラっと直方体の機械が並べられていた。

近づいて見てみると『L´s D』と書かれている。

あの怪しげなサイトに書かれたいたことが本当だという証拠を探すために僕は部屋を歩き回る。

何かを壊したあとに、それがサイトと全く関係がなかったら大変だ。

そうしてパネルを探しているうちに、先程のものとは違うもう1つドアを見つける。

僕がそれを開けようと一歩進んだ瞬間、僕がドアを開けるより先にドアが開く。

そしてそこからは白衣を着た40代くらいの男がでてきた。

顔はホッソリとしていて、顎には少しばかり白い髭を生やしている。

そして、血管の浮き出た右手は大量の紙を持っている。

男は顔一つ変えず低く抑揚のない声で言った。

「誰だお前」

「その、あれの件で……」

そう言うと最初、彼は怪訝な顔で僕を見つめていたが、やがて大きく息を吐き

「あぁ、そうか。こっちに来い」

そう言うと男は今、自分が出てきた部屋へと入る。

「分からなくはないけど、いくら楽しみだからって言ってドアを壊すな。面倒だ。」

「あ、すいません。」

その男は沢山のディスプレイの並んだ机の前の椅子に座る。

僕は立ったまま、ディスプレイを見つめる。

そこには、

『4/9 入山 透 6:01:32 起床

6:03:26 アラームを止める

6:07:00 目をこすり唸る 』

といったことが幾千も書いてあった。

一体どういうことだろうか。

男は暫くパソコンをカチャカチャと操作した後に、言った。

「ふーん。就活する時にあまりにも恋人が多すぎて恋人が欲しくなりここにきた……と。」

「え?なんでそれを?」

男は僕ね質問には答えない。

「俺もむかしそういうことあったなぁ。

だから少しだけ安くしてやる。それでも、お金はだいぶかかるがな。」

「どういうことですか?なんで僕がここに来たかわかるんですか?」

僕がそう言うとその男は分かりやすくまゆにシワを寄せ、舌打ちをしたあと

「あ?なんでわかんねぇのにここ来てんだよ。」

そう言うと彼はそれらについて説明しだした。

『L 's D』というのは正式には『ラプラスの悪魔』と言うらしく、この世の始まりから事の原因である過去の森羅万象を全て知っている為、未来を予測できる。

いや、決まっている未来を知り得る、と。

細かい理論だとか理由だとかは分からなかったが、ともかくそうらしい。

そして、彼はそこに少しばかり手を付けることでお金だとか名誉だとか人間関係を思うように操れる、と。

そこまで聞いた僕は頭に血が上ってきた。

あの人達に恋人がいるのも、

著名なスポーツ選手があんなに活躍するのも、

僕が独り自分に悩み、苦しんだ夜も、

全ては宇宙が創成された頃から決まっていたのか。

彼女が欲しいとかそんなことよりもその事実が僕を底のない怒りへと落とした。

僕はどう頑張ったってこのままなのか。

未来が決まっているのに、僕はこれまでの人生を馬鹿真面目に頑張ってきたのか。

それらの話を退屈でそれでいてとても不機嫌そうにあらましを語り終えた彼は、今度はほんの少しだけワクワクした様子で

「で?どこで、どう出会う?どんな人がいい?」

と聞いてきた。

男の満面の笑みが僕に油を注ぐ。

それはこれまでの僕の中にあった悩みグツグツと煮えくり返し、頭の中で回っていた悩みを溶けさせ、やがて脳全体がドロドロとした何かへと変わっていく。

それは僕を動かす栄養となる。

「おい、何すんだ。」

後ろから聞こえるそんな声を無視し、次々とディスプレイにハンマーで穴を開けていく。

「帰れ。」

ディスプレイに何も表示されないくらいにぐちゃぐちゃにする頃、男はそう言って僕の手を掴む。

こんな貧弱なやつくらい、そう思い手を振りほどこうとする僕の首筋には、カッターナイフが当てられた。

「これ探すの苦労したわ。危ねぇ。」

それから僕はカッターナイフを首に当てられたまま大学の入口まで連れられた。

「早く帰れ。二度と来んじゃねぇぞ。」

吐き捨てられたそのセリフとともに扉がガシャンと閉まる。

追い出されてしまった。

夜風で脳が冷やされると、今度は溢れんばかりの後悔が込み上げてきた。

「単純にお金貯めて出直すべきだったかな。

まぁでも、ラプラスのなんとか壊しちゃったし後悔しても意味ないか。」





【数週間後】


「今日の午前、大学に隠蔽し不法に実験資金を集めていたとされる

風羅 士門氏が逮捕されました。

なお、風羅氏の実験室に大量に設置されたスーパーコンピュータはラプラスの悪魔であるとし、警察は捜査を進めています。」

「なんのニュース見てるの?」

そう言うと彼女はコーヒーを僕に渡してくる。

「なんか、大学のお偉いさんが逮捕されたんだってさ。」

「ふ〜ん」

過去に何があれ、僕は彼女を作った。

そして、幸せだ。ならそれでいいだろう。

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