タイトル(仮)、僕


僕は夜中から朝焼けまでの

街の雰囲気が好きだった。


_とても静かで、

少しずつ街が動き出していく感じが。

新聞配達のバイクの音や、「ガタンゴトン、ガタン」と貨物列車の線路を通るリズミカルな音。

/そんな一人で過ごす静謐な時間を

まどろみながら過ごすのが。

その時間をこうして二人で過ごすようになってからもこの時間が毎日の中で一番大切な時間なのは、

_以外と変わらなかった。

彼女の静かな温かさや、何も語らわずともゆったりとした時間が流れていくのがとても心地よかった。

_ずっとは続かないそんな時間が大切だった。


静かで緩やかな時間も

朝が明けてしまえば終わってしまう。

だからそんな毎日を大切にしていたいと

思っていた。


_いつも朝起きるのは彼女の方が早かった。

朝食を食べる習慣がなかった僕は彼女が来てから、起きるのが楽しみになりいつの間にか

一人で起きられるようになっていた。

どれだけ寝ぼけた状態で起きても、リビングに漂う芳ばしい香りを吸うと刺激が電子信号として神経に通うのか、覚醒するのだから不思議だった。

僕が起きてきたのを確認すると彼女は嬉しそうに

_微笑み「おはよう」と言う。

そんないつも通りの朝に「おはよう」と返すのは

楽しかったがどこかむず痒かった。


彼女の入れてくれたコーヒィを飲みながら二人で

座るソファアは狭いはずなのに苦しくなかった。

それどころか彼女の温もりを感じれる狭さが

_心地よかった。


朝食が出来ると二人並んでリビングのカウンターでご飯を食べた。横に並んで食べるから彼女の顔は

見にくかったが、隣にいられることが嬉しかった。

僕が「美味しい」と言った時にこっちを見て優しそうに喜んでくれる表情を眺めていると

_どんなに苦しい時でも心が溶けて安らんだ。

ずっと一人で歩んできたのに、

/二人でいることが昔からだったように。



彼女がいる時間が今では当たり前になっていた。

それでもそんな毎日を僕は、

_幸福なことだと理解して過ごした。

どれだけ当たり前のことになってもそれを

素晴らしさを忘れるようなことだけは

したくないし、_許せなかったから。


そんな僕の考えを理解しているのか、彼女も

/二人でいる時間を大切に過ごしてくれていた。

仕事に行く時間になると

_彼女は寂しそうにしていた。

一生会えなくなる訳でもないのに、

寂しそうに眉を歪める彼女をみていると

_離れたくないほど愛しかった。


「ごめんね、頑張ってくるね」、

そんな些細な一言で彼女は

「頑張ってね、待ってるよ」と顔を綻ばしてくれた。そしていつもの様にどちらからでもなく、

_何かを確認するようにハグをする。

彼女の温かさと生きているのだと主張する心音の

規則的なリズムを感じる度に離れたくなった。

とても短い時間のはずなのに

_秒針が止まったように長く感じた。


仕事を終えて帰路に着く頃には、

いつも深夜になっていた。

ほとんどの家が灯りを消している中で、

/僕の家の玄関は明るかった。

玄関を開けると彼女が走りよってきてくれた。

「タタッタタッ」と走りよってくる様子は

主人と会えなかった犬のようで苦しかった。

彼女は「おかえり」と言ってくれるが、

僕の思いとしては寝ていて欲しかった。

とても重そうな瞼を開けながら走りよってくる

彼女を見ていると自分への罪悪感を感じるようで

_キツかった。だから家に帰るのは、苦手だった。



出迎えてくれた彼女に「ただいま」と言うと

彼女は嬉しそうにした。

外套を預かったあとも彼女は手を洗い終わるまで

_僕を待ってくれる。

ソファアまでの短い距離も手を繋ぎながら歩いた。彼女と狭く腰掛けると探すような雰囲気で、

_静かにキスをした。


いつもの日課でも、

慣れない僕たちは目を合わさずに時間を待った。

頬を火照らした彼女はぼくを伺うように見た。

その視線から逃げるように_彼女の頭を撫でる。

どこか空に彷徨った視線に堪らなくなった僕は

彼女をご飯に促した。

彼女が作ってくれたご飯を

/二人で用意して並んで食べた。


今日あったことや、明日のこと。

休みの日の予定を二人で話していると

時間はすぐに流れた。

食後には僕が紅茶を淹れて二人で飲んだ。

/他愛の無いことを音が途切れないように

二人で話し続けた。時間はゆっくりと流れた。


眠そうな彼女を先に布団に運んでから、

お風呂に入った。

布団に戻ってくる頃には彼女は眠っていたが

僕のスペースを空けてくれていて、

_そこに静かに潜り込んだ。

彼女を抱くようにして眠る頃には、

彼女も人肌を感じたのか抱き返してくれた。

そんな温もりを掴みながら、

_僕は意識を手放していった。




夜が明ける前になると、

いつも目が覚めて泣いている。

涙は僕の意思に反して流れて止まらない。

古い記憶の断片のような夢の雰囲気は

寝ぼけた状態では掴みきれず、

気付くと散り散りに遠ざかっていく。


今日も、あの夢……。

泣くようになったのは一ヶ月以上前の筈なのに

_昨日も同じ状態だったのが嘘のようだ。

いつもの事ながら、涙を流している状態には

_まだ慣れていない。


事実としては昨日も涙を流した筈なのに、

まるで今日初めてあの夢を見たかのように感じる。

「_夢を見るようになったのが、昨日以前のこと」

初めてのことではない。

一度ハッキリと夢を覚えていた時に

考えたことがある。泣いてている理由について、

いつも見る夢の内容と理由について。

_それでもよく分からなかった。

起きて直ぐに走り書きした夢の内容は、

言葉にならないほど無頓着な内容で

読み解くのも難しかった。

なぜ以前の記憶に自信が持てないのか、

_それが胸に残った。

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