12.疑惑
「ふふっ、無駄です無駄です! あなたたちが私の口車に乗っている間は、私には死角など存在しないのです!」
後ろ、右後ろ、前、右。すべてを捌き、受け流す。
どれだけ立ち向かおうと、届くことのない剣先。それにより、彼らは自身の無力さを感じ、絶望する。
彼らは
騎士団に持ち込まれる依頼の多くは、かなりの力量を求められるものばかり。
強敵と対峙するたびにこれでは、精神が持ちません。
やがて精神は崩壊し、自我や理性を失うでしょう。
「どうしました。女生徒一人にすら勝てず、この先の戦闘をやっていけるのですか?」
痛いところを突かれたように、全員が顔をうつむかせ、歯噛みする。
実際のところ、戦闘ではかなりの精神力が必要です。
太刀打ちできないとき、「これは負ける」ではなく、「ここからどうやって勝つか」が重要となります。
これは本来、教師であるレイア先生が教えるべきなのですが……
壁に寄りかかり、腕を組んでこちらを見ています。授業する気は皆無ですか。どうして戦闘の素人である私が教えているのでしょう。わけがわからないよ。
「さあさあ! あと一五人。このままでは、簡単な依頼すらこなせませんよ!」
人は、相手から下に見られると、対抗心を燃やす生きもの。
煽りを入れることで、さらにその炎は激しく燃え盛る。
私はそのために、炉に薪を投げ込むだけ。それを強く燃やすのは、炎、すなわち彼ら自身なのです。
彼らには、自信がないのでしょう。目の前に立ちはだかるのは《全知全能》という最高で最硬の壁。越えるため、破壊するための力がないと思っている。
ですが、山を登るにも壁を越えるにも、一気でなくていい。少しずつ、地道に進むからこそ、達成感が生まれる。
私は、初めから完全無欠な能力を手にしていたがために、なにかを為しても達成感を感じられないのです。
それこそが、私が皆さんに負けているところでしょう。
天才とは素晴らしくあり、孤独でもある悲しいものなのです。
「当てれば勝ちなんです。立ち向かいなさい。――たとえ相手が『無謀』、『不可能』であっても」
「くっそぉぉっ! やってやるよ!」
ようやく来ましたか……。ですが、遅いです。速く、もっと速く。
それに。
「そんなに敵意を剥き出しにしていては、《悪事千里》に引っかかりますよ」
先ほど、あえて私に敵意を向けさせたのは、このセンサーの網にかけるため。
《悪事千里》は、距離を測ることが可能で、近ければ近いほど悪意や敵意を強く感じる。
近い相手から対応すれば、近づかせることなく叩き伏せることができるわけです。
残っていたうちの一四人を倒し、残りは一人。
「あとはあなただけですよ――アイリス」
「嫌です……。セリアさんと戦うなんて嫌です! わたしの負けでいいです。だから……」
「そうですか。アイリスの気持ちはよくわかりました」
私は、アイリスへと近づき、肩に手を置く。
「セリアさん……! わたし、うれし――っぐぅ……」
アイリスの頬が緩み、油断したところで胸ぐらを掴む。
小柄が故に、身体は簡単に持ち上がる。彼女の苦悶の表情には心が痛みますが、この甘さは矯正しなければなりません。
「甘い。甘いです。いくら信用していても、今のように不意を突かれる可能性はあります。アイリス、あなたは純粋すぎる。人を信じすぎる」
「どう、して……。わたしたち、友だちじゃあ……」
「友だちだから裏切らないとでも? 私は、相手がアイリスであっても、平気、で……うらぎ、る……」
どうして。どうして涙が……
今の私は薄情な存在。アイリスとの友情はないものと割りきっているはずなのに……
私にアイリスを裏切ることができるわけないでしょう。自分に嘘を吐くことはできないと痛感しました。
「――すみません。今のことは忘れてください。どうしても赦ゆるせなければ、私から離れていただいても」
「やっぱり、そうだ……」
アイリスの瞳には、涙が浮かんでいる。
やはり、先ほどの行動では、失望されても仕方ありませんね。初めての友だちでしたが、自業自得ですね。
人間、あきらめが肝心なのです。
――と、思っていたのに。
アイリスが、私の腹部へ手を回し、抱きついてきました。
「あ、アイリス?」
「やっぱり、セリアさんは優しいですね!」
「やっぱり、アイリスは甘いですね……!」
私は、なんてひどいことを……
授業のため、アイリスのためとはいえ、王女である彼女の胸ぐらを掴むなど、あってはならないことです。先ほどの私は、なにを血迷ったのでしょう。
もちろん、護衛はしっかりとこなさせてもらいますよ。
「レイア先生、これで全員です。九八人を撃破、一人が降参。文句はないでしょう?」
「……ええ、そうですね」
レイア先生は不服そうではあるものの、なんとか納得してくれた。……アイリスのほうをジッと見つめながら。
やはり、彼女に用があったようで。
「アイリス・フェシリア、放課後、一年棟の空き教室に来るように」
「は、はい……!」
それだけ言うと、先生は闘技場から出ていく。
多分、戦わずに降参したことに対する言及でしょう。
しかし……なぜ空き教室に? 職員室などではなく、わざわざそこに呼び出す理由とは……
とにかく、このままアイリスを向かわせるわけにはいきません。対策は万全に、ですからね。
「アイリス、少しお願いしたいことが」
「はい、なんですか?」
◇
レイア先生からの呼び出しがあり、私は空き教室へと向かっています。
様子から見て、お説教……ですよね。憂鬱ですね……
確か、空き教室は廊下の一番奥だったような記憶がありますが、広いために自信がなくなってきますね。
「多分この辺に……、あっ、ここですね」
空き教室の名前どおり、教室内は机や椅子などがなく、ガランとしている。
その奥には、腕を組み、壁に寄りかかるレイア先生の姿が。
「ようやく来ましたか、アイリス・フェシリア」
「すみません、迷っちゃって……」
「まあ、広いので無理はありませんね。それで、本題ですが――」
キッと眼差しを鋭くし、こちらを見つめてくる。
そこまで悪いことしたんでしょうか……?
「アイリス……いえ――アリシア・ラングエイジ。あなたをここで始末させていただきます」
「え? レイア先生、一体なにを……? 始末ってもしかして……」
「ええ、抹殺ですね。私は、その
レイア先生は、顎の辺りに手をやると、ペリペリとなにかを顔から剥がし始める。
その下からは別の顔……もとい、本当の顔が現れる。
「レイア・シルエスタなどではなく、《
変装をしていたんですね……
それでは、レイア先生はいないのでしょうか。それとも、どこかに監禁されている……?
抹殺はされたくないですし、ここをなんとか収めないと……
「あなたには、セリア・リーフという厄介な護衛がいましたからね。こうやって呼び出すことで、簡単に始末できます」
「私は、あなたには殺られませんよ?」
軽く煽ってみるも、余裕の笑みを浮かべる。
かなりの自信があるみたいですね……
「ふふっ、面白いことを言いますね。《言霊》が《百発百中》であることは調べがついています。その対策に、ここらの武器になり得るものは片づけてあります」
「へぇ……それは念入りなことで……」
「もちろんです。セリア・リーフがいない今がチャンスですから、ここで任務を達させてもらいます。――私に不可能はありませんからね」
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