語彙力最強少女の英雄譚

春夏冬 秋

序章

0.プロローグ

「ごめんなさい、お父さん、お母さん……」



 少女は泣き崩れる。瞳からは雫が止めどなく零れ落ちる。



「私、両親より先にあの世に来てしまうなんて、一番の親不孝をしてしまいました……」



 この日、少女――言詠ことよみ詩葉うたはは、一六歳という若さで命を落とした。彼女は生まれつき身体が弱く、普段の生活は自宅、もしくは病室がほとんど。学校など、行った回数は数えるほど。

 子供というものは、自身と違うものを責め立てたがる。

 登校回数が少ない詩葉は、小学生からすれば、『異質』な存在。登校すればイジメが待っており、学校という居場所は失われた。

 詩葉がいるこの場所は、現世よりも遥かに遠く、しかし僅かな距離にある、俗に言う『天国』。

 天国は雲の上にある、なんて言うが、詩葉が現世を見ているのはすぐ近く。病室の窓一枚を隔てた場所。

 そこでは、病床に横たわる詩葉に涙を流し、身体を抱きしめる両親の姿が。



「私ってば、ひどい顔……死ぬときは笑顔で、なんて思っていたんですけどね。なにもかも上手くいきませんでした……」



 彼女の死を泣いて悔やむ者は両親しかおらず、友人がやって来ることはなかった。

 そもそも、彼女には友だちと呼べる存在がいなかった。

 登校することがあまりないことも要因なのだが、イジメが原因で心を閉ざしてしまっていた。

 そのときに出会ったものが、本やゲーム、アニメなどの、夢のある世界。

 本の世界ではなんでもでき、ゲームの世界では皆が強く、アニメの世界では皆が元気に動き回る。まさに、詩葉の理想の光景。

 普通の家庭ではただ読む、ただ遊ぶ、ただ観るということが多いだろう。

 しかし、詩葉はそれを力に変えて見せた。

 読書ではありとあらゆる言葉を記憶し、ゲームでは完璧なまでの戦略を練り、アニメでは人との交流の仕方を学んだ。

 だが、それを発揮することなく命を落とした。

 次に生まれ変わるならなにがいいか。

 小さいミジンコなら楽かな。それか、ライオンみたいに強い動物もいいな。

 いろいろと考える。でも、どれだけつらくとも、やはり人間がいい。

 そろそろこの世の未練とはお別れ。そう思い、生まれ変わるのを待とうと座り直した瞬間、どこからか声をかけられる。



「キミ、つらい人生をたどったみたいだね」

「だ、誰ですか!?」

「うーん、ボクに名はないんだけど、キミに馴染みのある言葉で言うなら、『神様』かな」

「神様ですか……」



 神様が私になんの用があるのか。考えを巡らせるも、心当たりなどない。あるはずがない。

 年若く死んだ彼女への同情だろうか。

 神様を名乗る少年は、一つの提案をしてきた。



「キミは、知識が豊富にあるようだ。特に、言語能力に長けていたみたいだね」

「え? まあ、本はたくさん読んでましたから、それなりには……」

「それなら、言葉で最強になれる世界があったらどうする?」



 突然なにを言い出すのだろうか。そんなものあるわけがない。そんなものはフィクション、作りものの世界なのだから。

 でも、もしそんな世界があったなら。



「そんな世界、本当にあるんですか……?」

「もちろん。神様は嘘を吐かないよ。その世界は《ラングエイジ》と言ってね、キミの世界で言う、『四字熟語』の力を持った人間が生活している」

「四字熟語、ですか……」



 四字熟語――漢字四字で作られた、端的ながらも意味のある言葉。日本人であれば、誰しも一度は聞いたことがあるだろうもの。



「人生が短かったキミには、人間として再び生活させてあげたいんだ。でもね」

「でも?」

「同じ世界には送ってあげられないんだよね」



 それも仕方のないことだろう。仮に記憶が残っていた場合、本来の人間とはかけ離れた知識を持ち生まれることとなる。

 その場合、国は異常な速度での発展を見せるだろう。そうなれば、各地で戦争が起こり、果ては文明が崩壊しかねない。

 そこで、詩葉の知識が活かせる世界への転生なのだろう。



「そこでなら、私は楽しく生きられますか?」

「もちろん。健康体に生まれ変わらせておくよ。身体能力も少し高くしてね。それに、ボクからちょっとしたプレゼントもさせてもらうからね」

「プレゼントって……なんですか?」



 それは秘密さ、と神様は口元に人さし指を当て、微笑んで見せる。



「さあ、言詠詩葉くん、準備はできたかな?」

「はい。いつでも大丈夫です」

「そうか。初めての出来事は戸惑うことばかり。でも安心して。ボクはキミの味方だから。――では、素晴らしい人生になることを祈っているよ」



 神様が詩葉へ向けて手をかざす。

 次第に詩葉の身体は淡く光を放ち始め、粒子となり始める。

 微笑みかける神様の顔を最後に、意識は深い闇の中へと消え去っていった。


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