11-3 天魔と天使と俺の未来

 気がつくと、俺はまた、ティラに抱かれていた。腕に優しく包まれて。ティラの白と黒の翼が空をかき、俺はゆっくりと上昇してゆく。


「……ティラ」

「直哉くん」

「わかったよ。なんでも父親のせいにして、俺はガキだったんだな」

「そんなに自分を責めないで」

「このいいかげんで投げやりな性格は、全部俺のせいだったんだ。人生をどう生きるかは、すべて自分の責任なんだな」

「直哉くん……。大人になったね」


 ティラの優しい瞳で見つめられた。


「これですべて、直哉くんをこの世に縛り付ける負の因縁は消えた。上天できるよ、直哉くん」

「ティラ……」

「ほらあそこ。見せてあげるわ」


 指差す方向を、直哉は注視した。権現山の頂上から浮き出るように、みんなが見えている。


 ミントはこちらに向かって手を振っていた。古海はツンと横を向いて不機嫌そうに腕を組み、ちらちらこちらを気にしている。ケルちゃんを胸に抱いて、野花は微笑んでいる。


 古海ごめんな。お前に使役させられなくて。でもお前はケルちゃんを蘇らせた。父親に自慢してやれ。


 ……のんちゃん。成仏する身で言うのもなんだけど、なんだか心残りがあるわw 今度夢に化けて出るから、あの続きお願いだよ。夢の中なら、いいだろ、そのくらい。


 あとミント、とうとうお前の正体わからなかったな。ケルベロスのブリーダーとかなのかな、やっぱり……。まっ天国で神様に訊いてみるよ。


「ティラ……。いろいろありがとう。俺が天に昇れるのは、全部お前が導いてくれたおかげさ。立派な守護天使だよ、お前は」

「直哉くん……」


 ティラの瞳が潤んだ。と、突然その顔が苦痛に歪んだ。


「……もう時間がない。気がしっかりしているうちに、私と――私で、直哉くんを天国に送る。美少女天国に。……永遠に幸せになれるよ」

「ティラはどうなるんだよ」


 ティラは悲しげに首を振った。


「わからないの、本当に。……でもきっと大丈夫。神様がなんとかしてくれる、うまく行けばだけど……。うん、私はそう信じてる。お父さんを見たでしょ。希望を信じれば、人は強くなれるの。直哉くんも信じて、いつかまた会えるって」


 天使の瞳が、強い信念で輝いている。俺もその奇跡を信じることにした。


「わかった。俺とティラはまた会える、絶対に」

「うん」


 うれしそうに微笑んだ。


「……天魔にも礼を言っておいてくれ。今だから本音で話すけど、一緒に大空を駆け巡りたかったと。お前とも再会したいと」

「すべて聴いているぞ、直哉」


 ティラが……いや天魔が笑った。


「私は今、『ティラ』と一心同体だからな」

「そうか……」

「『ティラ』とは互いの内面もわかり合った。お前に対する気持ちもな。せめて――」


 笑みを浮かべながらも、瞳がかすかに悲しげに陰った。


「せめて一年前にお前と会えていたら……。なあ『ティラ』」

「うん。そうしたら、直哉くんともっと仲良くなれて、私だってもっと早くに好きになれたはずだもん。そうしたら……」


 天使の頬が熱く染まった。


「そうしたら、私と――」

「私で――」

「直哉くんとエッチなことができたのに……」

「ティラ……」

「ほら、天国が見えてきたよ。お望みの美少女天国が」


 上空に、オーロラのようにゆらめく虹が見えてきた。妙なる調べが流れてきている。美少女がはしゃいで笑い合う声も。


 ――さようなら父さん、しおん、母さん。のんちゃん、古海、ミント。それにケルちゃん。……ついでに美咲先生も。


 瞳を閉じた。意識が薄れてゆく。


 ありがとう父さん。


 そしてありがとう世界。


 俺は……生まれてきて良かったよ。


 虹色に輝いて大空に溶け込み、俺の意識は、姿と共に徐々に消えて行った。世界と人生を惜しむかのごとく、ゆっくりと。

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