7-2 女だらけのお茶会

 野花、直哉、ティラ、古海、そしてミントの前に、お茶が並べられた。不揃いな容器から湯気が上がっている。ちなみに猫にはネコ缶。よそ行きの皿に、猫は顔を突っ込んでいた。


「へえーっ。なおくん、ガールフレンド多いのねえ……」


 感心したように、野花は皆を見回した。


「それに……みんなちょっと変わってる」


 金髪の娘は赤いカラコンを入れてるし。なんだかひらひらしたルームウェアを着て、にこにこしている。無表情に佇む中一か小学生くらいの小さな子は、これまた銀色のカラコンだ。ポニーテールの子はいちばん普通だが、探るような目で野花を見ている。


「あとこの部屋……」


 ワンルームなのにキッチンが二箇所にある。それに「男湯」「女湯」とかのれんがかかっいてる。


「洞窟風に作ってあるのかな。壁にまんまる穴が開いているし」

「うん、リフォームでつなげた部屋なんだ」

「へえー。面白ーい」


 疑うこともなく、野花は目を丸くしている。


「そうだ、自己紹介しておくね。私は八神野花。なおくんとは幼稚園からの親友。父親同士が同じ職場だったの。ちょうどひとつ上ね、私のほうが。小六のときウチが引っ越して、卒業まではなんとか同じ学校に通ったんだけど、そこからはちょっと遠くなっちゃって。なおくんのお父さんが、その……転職したりとか」


 眉を寄せて、野花は困ったような笑みを浮かべた。


「だから、会ったのは四年ぶり。法事で長野に行ったら、偶然しおんちゃんと会ったんだ。それで教えてもらって」

「わあー、直哉くんのお姉さんみたいな感じだったんですねえ……」


 ティラは素直に感心している。古海とミントは口を開かない。


「なんとなくうらやましいです」

「小さい頃のなおくん、かわいかったわよ。ふふっ」


 野花の瞳が和らいだ。


「私も名乗っておきますね。えーと、私は、イェレレ・ティラミン・モ——」

「ティラって言うんだよ、こいつは」


 俺が割り込むと、野花は頷いた。


「その……留学生なんだ」

「へえー」

「あの……私、天使なんです。守護天使カッコ見習い」


 にっこり微笑んだ。


「て、天使?」


 野花の声が裏返った。


「えと、テンシっていう国から来てて。その……首都テンシの学校で見習いの勉強を……」


 とりあえずフォローする。古海はニヤニヤしてやがる。趣味の悪い奴だ。


「次はあたしの番ね」


 手を上げた。


「あたしは粭島古海。中三。死体を蘇らせるネクロマンサー一族の天才美少女よ」


 俺を見て、勝ち誇ったような顔になる。


「その……」


 フォローしようと、俺は努めた。


「時代の……読みを……根暗にバンザイする……天災の……」


 いや努めたんだってw


「ネクロマンサーって、亡者を生き返らせるんでしょ」


 俺の苦闘を無視して、野花があっさり言う。


「そうよ。よく知ってるじゃない。あたしはネクロマンシーを極めた超弩級の超天才超絶美少女」


 なんだか激しくインフレしている。野花は噴き出した。


「なあに? なおくんのガールフレンドって、みんな冗談うまいのねえ。天使とかネクロマンサーとか……。コスプレも好きみたいだし」


 くすくす含み笑いしている。


「そんな映画みたいな世界があるわけないでしょ。——ならそこの子は、冥界の使者とでもいうわけ?」


 ミントを瞳に捉えている。


「う、うん……。冥界じゃないけど。冥府の使者、ミント」


 こらえ切れずに、野花は爆笑した。ミントの隣で、自己紹介のように猫がにゃあと鳴いた。


「かわいい猫ちゃん……。この子、なんて名前?」


 まなじりの涙を拭って訊いた。


「ケルちゃん」


 初めてミントが口を開いた。


「へえ……。ケルちゃん、いらっしゃい」


 野花は猫を抱き上げた。膝の上に乗せて、優しく顎の下と背中を撫でている。猫はおとなしく丸まり、喉をゴロゴロ鳴らしている。


 猫を膝に置きコーヒーを飲みながら、野花は自分の身の上を語った。父親の転勤で、二年前にこの市に戻ってきたこと。女子高生活が退屈で仕方ないこと。将来は保母さんになりたいこと。初対面の謎女どもを前に、無警戒になんでも口にする。


「でも、なおくんのコーヒー、昔とおんなじ味。子供の頃から凝ってたもんね。懐かしいわあ」


 マグカップを口に運んだ。


「たしかに、おいしいのは認めてもいいわね。さすが召使いというか、コーヒーや軽食を作らせるとうまいもんだわ」


 古海が同意した。


「あとあれも上手よ。カフェアート」

「エスプレッソにクマさんの絵を描いたりする奴?」

「そうそう。(・(ェ)・)——こんなの」

「わあ、見てみたいわ。ねえ……」


 野花の瞳が、おねだりするように輝いた。


「……じゃあ、今作ってみるよ」


 ――のんちゃんの「垂れ目おねだり」、ひさしぶりだなあ……。なんて言うか、俺のエロセンサーにぐっとクる。


 あの頃。野花と毎日走り回って遊び、家庭は円満で、自分も素直で幸せだった頃に戻れたらな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る