第91話 課長拝命

気を取り直して家路を急ぐことにした。


「真智子ちゃんかあ・・みどりやY子がいなければ、彼女になってもらったかもしれんなあ・・・おっぱいおおきかったなあ・・・。」


不穏なことを考えながら、車を家路まで急がせる。


マンションの部屋にはいると、深夜4時近くに関わらず、ドタドタとソファに寝ていたらしいみどりがやってきた。


「・・こらあ!ぎんじろー!『みどりさんをだいじにする』ってやくそくはどうしたああ!?」


と怖い顔をした。


「・・しょうがないでしょ、『社長と酒飲む』って、連絡したでしょう・・。」


「・・みどりさん特製の”かんとだき”が冷めるだろうー」


「・・ああそうなの?おでんなの?うれしいよ。」


みどりさんの東京ではおでんのことを関東煮(かんとだき)と言うらしい、自分の好きなみどりの料理で今日はその日だったらしい。


深夜4時に関わらず自分はそれを食べさせてもらった。


広島にはおでんに削り節や青のりをかけて食べる習慣はないが、みどり曰く、かけるとおいしいらしい。


実際かけてみるとおいしかった。


「・・みどりさんがいると僕は肥えるなあ・・」


と二人でそのかんとだきを食べた。


たった2時間しか出社の時間を考えると眠られないが、自分はそれを食した後、すぐみどりを抱きしめて眠ってしまった。


眠る間際みどりは


「・・ほんとはね・・やきもきしてたの・・」


と言った


ほぼ睡魔に襲われていた自分は


「・・なんで?」


と聞いた


「・・だって、夜遅かったら、必ずぎんじろうさんに”別の女”の匂いがするんだもん。」


「・・そりゃするでしょうよ・・社長とつきあっていたら、クラブとかバーとかあるもんね・・。接待の女性の匂いはうつるかもしれませんよ・・。」


まだなにか言おうとするみどりを制した


「・・さあ、・・もう寝ましょうみどりさん。ぎんじろうはねむたいのです。」


「・・じゃあ、おやすみのキス」


「・・はい。」


みどりの頭に軽く口づけをすると、自分は深い眠りにおちた。


朝になって、みどりのセッティングしてある背広に着替えた。


「・・今日はね、エトロのスカーフだから、汚さないでね。」


みどりはマフラーだとかスカーフには特にこだわる。


自分が聞いたことも無いブランドをよく知っている。


会社でぎんじろうはおしゃれだと女子社員がよく言ってくれるが、これはみどりのおかげだ。


「こうやって巻くのよ・・」


と首にかけてくれ、その巻き方まで教えてくれる。


「・・じゃあ、いってらっしゃい。」


と弁当を渡してくれた。


彼女を抱きしめキスをすると、自分は家を後にした。


車の中ですごく眠い。


会社に着くと、案の定というか、社長からよびだしがあった。


社長室のドアを叩き


「・・ぎんじろうです・・」


「・・おう入れ」


と声がして、社長の座っている椅子の前、「失礼します」と言って着座した。


今日の仕事の予定を軽く報告すると、あんまり聞いているふうでもなく


「・・ほうけ、ほうけ・・。」


とタバコに火をともしながら聞いている。


「・・・それはそうと、お前昨日の晩な・・・真智子ちゃんと、どやった?」


図らずも自分は顔が赤くなった。


自分がなにも言わずにいると


「・・・なんじゃ、お前、やらんかったんかいな??」


「・・社長」


自分が何か言おうとすると


「・・あーもう、お前は・・・マジメなやっちゃな。ええか、接待いうもんはな、”女”も含むんじゃ、お前もしっとろうが、取引先には助平なおっさん・・山ほどおる。お前が女に慣れるのも・・・仕事のうちよ。」


「・・それは承知してますが。」


「・・そんだったら、ええじゃろうが?」


「・・自分は接待先についてはベストを尽くしていますし、今までも無難にやっていると思います、が、”それ以外”の件につきましては、今後お気遣いはご無用に願います。」


自分は半ば怒っていった。


自分の性格では、昨日の真智子のようなケースになってしまうだろう。


そんなことになってしまえば、気力をそがれてしまって、どうしようもなくなる。


「・・そんなこわい顔せんでもええじゃろ・・!」


社長はただひとことそういった。


「・・・失礼します。」


自分はそういうと、席を立とうとした。


「・・・あ、ちょっと待て。」


社長が小さい紙切れと、ゴールドの社章を机にだした。


「・・まだ正式の時期じゃないけどの・・お前、来月から課長じゃ・・」


机の上にあったのは辞令とゴールドのピンズ、社章だった。


社長はこれまでのフルカラーの社章を自分の襟から外し、ゴールドの社章を入れてくれた。


「・・給料も増えるし、部下もつけるが・・気合い入れえよ・・」


社内で課長と呼ばれる存在は、4人しかおらず、若くて30代と40代であったが、自分は信じられない気がした。


自分はまだ30手前である。


「・・・営業はの・・・数字さえ上げりゃええのよ。これからも、がんばったってくれ。」


社長は自分の肩を叩いてそういった。


まだ若かった自分は社長のその言葉に感激した。


野良犬のような自分を拾い上げてくれた人のために、昼夜分かたず働いた甲斐はあったのだ。

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