第82話 ジョンフラニガンのマフラー
銀次郎の場合、服装だけは自分で選んではいけないと思っている。
みどりさんに言わせると銀次郎はほっておくと1年も2年も同じものを着ているような
「ヤドカリさんみたいな人」
だからだ。
彼女は言う、
”・・男の出世は女性にどうみられるか如何によっても変わる”
と。
”もてる男の重要な要素の一つは細やかな気遣いであり、それは鼻毛だとか爪だとか一つ一つ清潔にしているかどうか。女性の評判は馬鹿にならない。”
らしい。
ほっておくと2ヶ月も3ヶ月も散髪にいかない銀次郎はよくみどりさんに叱られていた。
「・・今日は・・・散髪を予約しておいたから・・・いくからね、銀次郎さん・・。」
自分は一ヶ月おきにそういうみどりさんの言葉がいやだった。
「・・やだ!!せっかくの休日なのに!美容院ってガラじゃないし・・・。」
といってソファから立ち上がりベッドルームに入り本を読もうとすると、彼女のどこにそんな力があるのか引きずりだされる。
ズルズルとベッドシーツを引っ張られ、とうとうドスンとベッド脇に転がってしまった。
「・・痛いなあ・・それは最近の言葉で”DV”というんですよ、みどりさん。」
彼女の選定でヘアスタイル、服装、靴は任せていた。
ただ確かにみどりの目は間違っていなかった。
勤務先の女子達からは
「・・ぎんじろうさんってセンスいいよねー、マフラーはジョンフラニガンだし・・。色も季節にあって清潔だし。」
などと言われた。
自分はそれまでマフラーのブランドなど気にしたことも無い。
下手したらそこらへんのカーテンでもちぎって首にまとっていたような男だった。
”・・・そんなもんなんだなあ・・・一流のスタイリストがいるようなもんだ・・・みどりさん、おそるべし。”
と今更ながらみどりの内助の功に感謝した。
家では適当にお菓子だとか飾り付けだとか面白そうにやっているみどりさんだが聞いたことがある。
「・・なあ、みどりさん。君だって東京に友達とか知り合いだとかいたろうけれど・・寂しくならないの?電話したり会ったりしたくならないの・・。」
彼女は出会ったときから持っていたその携帯にまったく電源をいれようとしない。
戸棚の奥深くにしまいこんでいるのを自分は知っている。
が、自分がそう聞くとこの時だけは真顔になった。
「・・わたし・・人が怖いの・・ぎんちゃんと二人でいれば、それでいい。・・」
真顔になって過去に触れられるのを怖れている彼女が急に憐れになった。
「・・わかったよ、ぼくでよければ、ずっとそばにいるからね。・・」
彼女の肩を寄せ、抱いて口づけをした。
”・・・少なくともみどりには自分1人しかいないのだから、自分は一刻も早くY子とは手を切るべきだ。・・”
そうは思っていてもなかなかできない自分に、腹が立ってますます自分が自分で嫌いになっていった。
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