自殺志願の女性と旅をした話
山咲銀次郎
第一章 自殺志願美女との邂逅
第1話 しがない男の旅の始まり
自分は旅が好きで、それも貧寒とした漁師村や、干からびた山の寒村を訪ねるのが好きで、あまり観光客のいない町などではよくいぶかしがられる。
まあそれはそうだろう、わけのわからない見知らぬ男が、何をするでもなしにずっと海岸や、バスなど何時間もこないバス停に座っているのだから。
それでも感動するのは、朝焼けの中、小高い山あいの峠を歩いていると、夜と朝の境界線をゆっくりと霧のカーテンがあけていく風景だとか、見えるとき。
昔田舎で嗅いだような、薪が燃える匂いを嗅ぎながらその土地のタイル風呂に入るときなどである。
気障な言い方をすると、そこにしかない時間が味わえる。
ただ閉口するのは、時折自殺者志願者と間違われること。
誰もいない旅館に2-3日泊まり込んだときなどは、そこのご主人やらおかみさんに
「お食事が終わったらお菓子でもいかがですか」
と聞かれ、断るわけにもいかず、その席に呼ばれると、ついつい小一時間あまりこちらの事情を聞かれてしまう。
まあそれでも、旅が終わってみればそれもいい思い出で、色々な旅人の話、山の民話、中にはそこのおかみさんの嫁姑の話であるとか、色々な写真を見せられながら話をしたことなど、すべてが秋の枯れ葉を拾うような思い出のひとつひとつとなっていて、人からもしかしたら
「つまらない」
と思われるようなことかもしれないが、どれも皆自分にとってはよい旅の思い出になっている。
そんな旅を続けていると、中には不思議な出会いもある。
とある山陰で、朝海岸を見下ろす崖を歩いていると、年の頃20そこそこの薄いブルーのセーターとチェックのミニスカートを着ている、そんな女性がたっていた。
視線はずっと水平線の彼方を見ているようで、自分などまるで眼中に無くまるで亡霊のように佇んでいて、無人の峠だと思い込んでいた自分は驚いたが、直感で
「もしかしたら海に飛び込む気かもしれない。」
と思った。
「・・まあ自分も、運良くこの世に生きているだけの存在、死にたいんだとしても、それを止める権利は自分にない。」
そんな感じで当初通り過ぎたのだが、しかしどうも気になる。
心がざわざわして
「・・やっぱり俺は止めたいんだ。」
と思って引き返した。
しかし問題は声のかけかたである。
自分は見知らぬ女性へ気軽に声をかけることはない男だ。
得体の知れぬ男に声をかけられたとしたら、その後の彼女のリアクションはどうだろう。
想像すると、気恥ずかしくて、気後れして、どうしようもない。
しかし意を決して声をかけた。
「・・このあたり、朝のサザエの壺焼き屋台がならんで、とてもいい匂いをだしているんですよね。」
女性はハッとしてこちらを見た。
後から考えても、若い女性に声をかけるのに、流行の音楽の話でも無く、グルメの話でも無く、サザエの壺焼き屋台の話だとか、わけがわからないが、それでもそのときは必死に考えた言葉だった。
あたりはかなり寒くて風が強い。粉雪も混じっている。
自分は内心とても焦っていた。
「・・このまま彼女が走って崖から飛び降りたらどうしよう。」
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