第31話 帰宅後一緒に
「あああ……家だーー! 我が家だーー!!」
「とても久しぶりな気がしますね」
昼過ぎに相沢さん……じゃない、咲月さんの実家を出たのだが、家にたどり着いたのは18時だった。
明日の日曜日はゆっくり休めるのが本当に嬉しい。
まあ月曜日から会社なのだが。
実は咲月さんの実家で完全に勝利するために、かなり多くのブログやFacebookを読んで常に寝不足だった。
お義母さんのFacebookは6年分あったので、実に読み応えがあるコンテンツとなっていて、染五郎さんの事にかなり詳しくなった。
歌舞伎や能に興味があるのは本当だったので、興味深く読んだ。
やはり咲月さんのお義母さん、血は争えないのか、かなり詳しく情報が書いてあり、許されるならもう少し語り合いたかったほどだ。
お義兄さんである弘毅さんと果歩さんのことは昔の旅館のブログで調べた。
3年前に旅行総合サイトのほうにブログを移して昔のブログは消えていたので、ウェブアーカイブを使って探し出した。
昔は個人的な話も沢山していて、〇沢健二さんのファン仲間が二人を祝福するために旅館に来た……という記事から推測して手土産を持って行った。
今もファンで良かった。
咲月さんは荷物を開けながら言った。
「一度洗濯機回しましょうか」
「そうですね、半分でも洗ったほうが良さそうですね」
俺も咲月さんもお互いに洗濯機を持っている。
二階に上がろうとしたら、咲月さんに呼び止められた。
「あの、洗濯機回したら、一緒に夕ご飯、下で食べませんか?」
実はさっき乗り換えの駅のデパートで、買い物をしてきていた。
咲月さんは「頑張ったから、ローストビーフも、牛カツも、唐揚げも買いましょう!」と豪快に買っていた。
そして冷蔵庫を指さして
「ビールも20本くらい冷やしてあるんです」
とほほ笑んだ。
……いくらなんでも多すぎでは……?
でも咲月さんから誘われるなんて嬉しい。
俺は快諾して、荷物を抱えて二階に上がった。
洗濯物をぶち込んで、荷物を片付け始める。
そういえば……とスマホを立ち上げて片蔵にダイレクトメールを打ち始めた。
お土産で最重要だったw〇wowの録画データは、片蔵から貰ったものだ。
『DVDありがとうな、マジで助かった』すぐに既読になって返信が返ってくる。
『帰って来たんだ、おつかれ。役にたって良かったよ。やっぱデータは正義だな』
『まるごと録画さまさまだな』
『だろ? マジで使えるんだって!』
片蔵はアーカイブオタでもあるので、w〇wowや音楽チャンネルを何年間も24時間予約して保存し続けている。
それはマイナーだったアイドルが出世した時に懐かしみ、記録として残すことに意味がある……らしいが、外付けHDDの壁が出来ているらしい。
俺はそれをずっと笑っていたけど、役にたったからもう笑えない。
今度奢る約束をして、俺は一階に下りた。
「あ、全部並べましたよー! 肉肉肉です!」
「ありがとうございます」
いつものリビング机に買ってきた総菜が綺麗に並んでいた。
「今日はお祝いですからね、ちゃんとコップを使いましょう」
咲月さんはいつも缶のままビールを飲んでいたけど、特別な日はコップを出すようだ。
500mlのビールを2つのコップに分ける。
そして片方を俺に渡してくれた。
「いつも先に飲んじゃうんですけど、今日は待ってました。滝本さ……違うわ、隆太さんと、乾杯したくて。隆太さん、隆太さん。ていうか名前呼びに慣れない、すいません、うーん、私から言い出したのになあ……とりあえず、はい、飲みましょう?」
そう言って右手にコップを持ち上げてほほ笑んだ。
なんだこれ、くっそ可愛い。
俺は今、強めの幻覚を見てるのかもしれない。
目が覚めたら死んでたらどうしようと思いながら、俺は咲月さんと小さく乾杯をしてビールを飲んだ。
この冷たさと美味しさは紛れもなく現実のものだったので、安心した。
生きてる生きてる。
そして思い出す。咲月さんは誰が何の準備をしていようと、自分が飲みたい時にプシューとビールを飲む人だ。
でも今日は総菜を並べて、俺が来るのを待っていてくれたんだ。
乾杯するために。
ああ、めっちゃ嬉しい。
彼氏と彼女っぽい。
俺は実感がこみあげてきて、少し泣きそうになった。情けない。
俺たちは買ってきたものをお腹いっぱいになるまで食べた。
「あー、お腹いっぱいになりました。あ、隆太さん、ずっと床なのも何なので王の椅子にどうぞ」
「あ、すいません、ありがとうございます」
俺は咲月さん曰く王の椅子、大きめのソファーに移動させて貰った。
すると俺の膝の間にススス……と咲月さんが挟まって、ソファーの脚の部分を背もたれにした。
つまり俺の膝の間に咲月さんの頭があって、咲月さんがモゾモゾ動いているのだ。
え……なに可愛いんだけど……。
咲月さんはTwitterの通知に気が付いて
「そういえば今日ツキイチリグマでしたね」
と言った。俺は慌てて意識を取り戻す。
「そうですね、switch持って来ましょうか」
俺が立ち上がろうとしたら、膝の間にあった咲月さんの頭がコテンと倒れてきて、ひっくり返った状態で俺の方を見た。
「んー……今日は……」
そこまで言って頭を戻して俺のほうに身体を向かせて
「疲れちゃって二時間スプラする体力ないかもしれません。それに騒ぎたい気分でもないし。せっかくだから二人でゆっくり飲みましょう」
そういってビールを持ち上げてほほ笑んだ。そして
「もうめっちゃ頑張ったんですよ……すっごく疲れました。今日はとことん飲んで、明日は昼まで起きません、何もしません、動きません」
宣言して、ぷはーとビールを飲んだ。
本当に咲月さんは頑張った。元々朝に弱いはずなのだ。
なのに一週間一度も寝坊せずに、文句も言わず、しっかり働いていた。
見ていると、忙しい実家から逃げ出して、自分だけ東京に行ったことに罪悪感のようなものを感じているようだった。
俺の膝の間にある咲月さんの頭。
俺はゆっくりと手を伸ばして、それを撫でた。
「本当に、おつかれさまでした」
キョト……と咲月さんが顔をあげる。
でもゆっくりと笑顔になって
「……頭撫でられるの、何十年ぶりですかね。うん、なんかすごく気持ち良いですね」
「それは良かったです」
俺は「良い感じなので、もっと撫でてください」とグイグイ寄ってくる咲月さんに少し困惑しつつ、ずっと頭を撫でていた。
嬉しそうに微笑む姿が、本当に可愛い。
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