第32話 見たことがない景色を

「あー、久しぶりに寝た……」


 私はベッドの上でゴロゴロと転がった。

 自分の布団の上でのんびり起きられる朝……というか昼。

 最高の気分だ。


 すぐにベッド横に置いてあるPCの電源を入れてTwitterを立ち上げた。


『ただいまー!』と書き込むと、すぐに

『おかえりなさいー! 今作業してるので、通話しませんかー?』と、ワラビちゃんから通知が入った。

『オッケー! まず朝ご飯持ってくるねー!』 私はリプして台所に向かった。


 隆太さんは朝出ていく音がした。

 昨日の夜、それなりに飲んだのに。

すごくお酒が強いのでは?

 はっ……もしかして長谷川さん直伝の漢方キメてから飲み始めたのかな。

 気になるから、今度一袋分けてもらおうかな。

 でもお酒って飲んで酔うから楽しいのであって、酔わないなら水で良いのでは……?

 昨日隆太さんが私の頭を何度も撫でてくれたことを思い出す。

 正直めっちゃ幸せだった。

 気持ちよくなってきて、完全にもたれてたら、いつの間にか髪の毛編み込みとかしてたし、なんでそんなに器用なんだろう。

 

 台所から昨日の残りのパンと生ハムを持って戻り、ワラビちゃんのTwitterのページを開いたら風船が飛んだ。

 誕生日じゃん!

 Twitterは誕生日を設定している人のページに行くと、カラフルな風船が飛ぶ。

 腐女子の世界では誕生日に推しを書いて送る風習があるのだ。

 今日はワラビちゃんの推し、義勇さんがアラブの油田王になった絵でも書こう。

 私はすぐにワラビちゃんに話しかけた。


『誕生日じゃん、おめでとうー!』

『ありがとうございます! 義勇さんの漫画36ページフルカラーで待ってます!』

『重いな、要求が重い、想像以上に重い』


 私は笑いながら、でも絵を書き始めた。

 ああ、このタブレットにペンを走らせる感覚が気持ち良い。

 一週間ぶりだけど、今日はすんなり手が動く。毎年少し辛いんだけど……そこまで考えて思い出した。

 今回は実家で沢山の絵を書いていたから、こんなに楽に手が動くんだ。

 絵を書きながら、私は隆太さんの誕生日を知らないことに気が付いた。


『あのさあ』

『なんスか。フルカラー5ページくらい書けました?』

『私、滝本さんの事好きになったから、ちゃんと付き合うことにしたの』

 ブツッ……!!!

 画面を見たら通話が切られていた。ちょっと!! すぐにF5連打で繋ぎなおす。

『……なんですかもう、なんで誕生日に惚気聞かされるんですか、どんな嫌がらせですか』

『滝本さんじゃなくて、昨日から隆太さんって呼ぶことにしたの』

 ブツッ……!!!

『ちょっと!!!』

 

 私とワラビちゃんはクソのような攻防を繰り返して、最後にはワラビちゃんが折れた。

 

『で、私気が付いたんだけど、隆太さんの誕生日知らないんだよね。あ、切らないでね、義勇さん書いてるよ』

『マジすか、切らないっス。ていうか、誕生日プレゼントって最難関じゃないですか。個人的には何貰ってもビミョーです』

『ワラビちゃんお金持ちだもんね。パリピ婚約者から何貰ったの?』

『ハーレーダビッドソンですね』

『意味分からないから、スルーするわ』

『え? 乗りませんか? ハーレーダビッドソン。ていうかクリスタにハーレーの3D素材あるんですよ』

『マジで?! 買うわ』


 クリスタというのは漫画を書くソフトで、私も愛用している。

 そこには手書きでは書くのが難しい絵や背景が素材として売っているのだ。

 調べたら本当にハーレーの3D素材が売っていて感動した。

 ハーレーの素材を配置して、書いていた石油王コスプレの義勇さんを跨らせた。

 そして後ろから原油を爆発させて……と。 

 ……完璧な誕生日プレゼントだわ。


『ワラビちゃん、良いの書けそうだわ』

『マジっすか! 仕方ないんで惚気聞きますよ……』


 私たちはダラダラと笑いあいながら絵を書いた。

 本当にこういう時間が私は大好きだ。

 ワラビちゃんと話しながら、隆太さんに誕生日のことをLineで聞いてみることにした。


『隆太さん、誕生日っていつですか』すぐに既読になって返信が返ってくる。

『7月21日ですね』


 先月だったー! 

 そして隆太さんから追加でメッセージが入った。


『咲月さんの誕生日……来年は絶対お祝いさせてください』

『嬉しいです、待ってます!』

『あの、俺の誕生日プレゼントとか、気にしなくていいですからね』

『わかりました』


 さすが隆太さん、私の誕生日は把握しているし(名前の通り5月生まれ)、プレゼントは買わなくて良いと釘を刺されてしまった。

 その前に。

 私は隆太さんに秘密でプレゼントを買えるほど、隆太さんのことに詳しくないのだ。

 ワラビちゃんが言う通り、必要がないものを渡されても嬉しくないだろう。

 今回帰省して、私のことは必要以上に知ってもらえた気がするけど。

 年末年始は滝本さんの実家にお邪魔しようかな。

 それで昔の話とかお義母さんに聞かせてもらったら、隆太さんは恥ずかしがりながら、でもたくさん話をしてくれる気がする。

 同じ気持ちを重ねていくのって、悪くない。


「あ!」


 私はふと思いついて検索を始めた。しかしこのジャンルは全然詳しくない。

 でも専門家を知っている。腐女子ハマると、すぐに知識増やすから! 

 私はすぐに作業イプに友達を召喚して商品を選んでもらった。





 一週間後の日曜日、それは届いた。

 隆太さんが一日家に居ると聞いて、この日に届けて貰ったのだ。

 

「見てください。買ってみました!」

「これは……」

「自転車です!」


 私が持っている隆太さんの知識は、ドルオタ。そして自転車が好きということだ。

 休みの日に隆太さんは歩いては行けない距離を自転車で下りていく。

 あっちの方向、私はここに8年も住んでいるのに交通手段がなくて行った事がないのだ。


「私の誕生日も、隆太さんの誕生日も過ぎてしまったから、せめて何かを一緒にしたいなと思って、買ってみました。私、隆太さんと自転車でお出かけしてみたいです!」

「咲月さん……」


 隆太さんの表情が暗い。

 あれ……ひょっとして自転車オタクで家に買う自転車は俺が全部選びたかったのに!

 なんで弱虫ペダルオタに選んでもらった自転車を買うんだ! とか怒られちゃう?

 私が不安に思って少し近づくと、隆太さんがスッ……と顔を上げた。そして口を開いた。





「すごく嬉しいので、抱きしめても良いですか?」





「はい?!?!」

 私は予想外の言葉に叫んだ。

「感謝のハグです」

 ハグってあの外人さんたちが会うとするやつ?

「えっと……!!」

「よろしいですか?」

「は……はい……」


 私が戸惑っていると、隆太さんが近づいてきて、私を優しく抱き寄せた。

 ふわりと石鹸の匂いがする。

 ああ、そうだった。

 隆太さんは初めて会ったときも、石鹸の良い香りがして、あの瞬間に私はきっと隆太さんを『警戒する人』から外したんだ。

 背中に回された大きな掌が、優しく私の背中を撫でる。

 そしてギュッ……と私を確かめるように抱き寄せてた。

 あ、ちゃんと男の人の身体なんだな。

 私がそう思った瞬間に、隆太さんは離れた。


「ありがとうございます。一緒に何かしたいと思って貰えて、嬉しいです。ではセッティングするので、待っててくださいね」

「は、はい」


 隆太さんは目を輝かせながら自転車のセッティング? を始めた。

 これは良い自転車ですね! とても軽いから坂を押して登ってくるのも辛くないと思いますよ!

 サイズも咲月さんに合っているし、良いチョイスだと思います!!


 隆太さんは楽しそうにセッティングしているが、なんだか私は妙な気分になっていた。

 ……なんというか、本当にハグだったのね。

 いや、ハグしたいって言われたし、私は何を期待していたのだろう。

 なんだかモヤモヤしたので、隆太さんの頭の上に自転車の取り扱い説明書を載せてみた。

 隆太さんは


「あ、説明書ですね、ありがとうございます!」


 とそれを取って読み始めた。

 何かが伝わらない……。

 でも、作業する表情があまりに楽しそうに輝いていて笑ってしまった。

 とりあえず自転車に乗って、あのホームセンターにお肉を買いに行こう。

 そうやって二人の時間を増やしていこう。

 そう思った。

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