第29話 東京に帰る日に
「片づけ完璧、イヤッフォォォ!!」
私はさっきまで着ていた作務衣を部屋の隅に投げ捨てた。
さっき午前中の仕事が終わった。
これで今年のお勤めは終了、東京に帰れるのだ。
「おつかれさまでした」
「滝本さんのおかげで今年は辛さ70%オフでした……ありがとうございました……」
私は深く頭を下げた。
昨日、恒例の親戚が全員集まってグダグダ飲む会に召喚されたんだけど、次にやってきたモンスター「子供はまだ?」攻撃に、滝本さんは「もう少し二人でゆっくり過ごしたいですね」なんて神回答してくれるし、いつも私にグイグイお酒を飲ます厄介な叔父さんが来たけど、そのお酒を全部飲んでくれて、あげく逆に潰し返した。すごい!!
曰く「今日は飲み会ということで、営業直伝、魔法の薬を飲んできたので大丈夫です」とほほ笑んでいた。
滝本さんの上司、長谷川さんは漢方にめっちゃ詳しくて、その漢方を飲むと、深酒にも耐えられるとは聞いてたけど、本当らしい。
やはり実家の建物に近寄るのは無理だったけど、樹里ちゃんとメアド交換したし、少し仲良くなったのが私的には超進化だ。
一番嫌いな兄貴も近づいてこなかったし……
「咲月、ちょっといいか?」
って、この声は兄貴?! ぎゃあああああ!!! 最後にきたあああ!!
私は荷物を置いてサササと滝本さんの後ろに隠れた。
ドアが開いて、兄貴こと
私の兄貴、相沢弘毅はとにかく身長が高い。185くらいあって身体も大きい。
普段はニコニコしてるのに、突然キレるタイプで、そのスイッチがよく分からないので、最初から近寄りたくないのだ。
「滝本さん、すいません、すこし咲月に話をしていいですか」
「はい」
滝本さんは前から退かず、私を守るように前に居てくれる。
私は滝本さんの背中の服をギュッ……と握った。
兄貴の後ろで果歩さんは陰のように表情が暗い。
先日の樹里ちゃんの話を思い出す……いつも喧嘩してるって。
「樹里宛てに、東京の寮がある高校から資料が届いてるんだけど、咲月は何か話をしたのか?」
「別に何も……」
私がやり過ごそうとしたら滝本さんが
「子ども宛ての郵便物を勝手に見るのは問題があると思いますが」
と思いっきり地雷を踏みぬく。ひええええ……!!
外面兄貴が一気に仮面を投げ捨てる。
「封書で届いたら分かりますよね?! 部外者が黙っていてください。アニメとか音楽の専門学校とか、咲月が入れ知恵したに決まってる!!」
兄貴は大きな声を張り上げる。
その横で果歩さんは何も言えずにうつ向いている。
私も大声が怖くて動くことが出来ない。
すると、滝本さんが口を開いた。
「音楽がお好きなのは、弘毅さんと果歩さんに似たからではないですか?」
「は?」
兄貴が滝本さんを睨む。
滝本さんは鞄から外に出していた袋を、兄貴と果歩さんの前に出した。
「部屋に置いて帰ろうと思ったのですが、せっかくなのでどうぞ」
滝本さんは袋を差し出したが、兄貴は受け取ろうとしない。後ろに立っていた果歩さんが受け取って、中を見た。
そして「あっ……すごい……」と小さな声を出して、その袋を抱きしめた。
兄貴は振り向きもせず、滝本さんのほうを見て
「俺気になってたんですけど、母さんにも何か渡しましたよね? 最近なんかそわそわして夜も部屋から出てこない。俺は何を渡されても気にもしませんよ」
叫ぶ兄貴の背中の服を、果歩さんが後ろからグイと掴んだ。
そして何度も首を振った。
その顔には涙が見える。
「やめろ、人前で恥ずかしい」
「最近弘毅さん、変よ。毎日イライラして、周りに当たり散らしてる。仕事も大変だし、仕方ないかな……と思ったけど、前からずっと、うちの旅館は忙しかったよ!!」
「お前、どうしたんだよ」
果歩さんは、滝本さんから受け取った袋をドンと兄貴の胸に押し付けた。
中身が床に広がった。
それはどうやらTシャツのようだった。
「前はどんなに忙しくても、ちゃんと休みとって、一緒にライブ行ってたよね。月に一度は、ちゃんと休んでた。でもここ一年まともに休んでないよね。何をそんなに焦ってるの?」
「お前には関係ない」
「お義母さんの耳のことが関係あるの? 本当は病気とか?」
「……は? なんだよそれ」
果歩さんの言葉に兄貴は凍りついた。果歩さんは続ける。
「……お義母さん左耳聞こえてないんじゃないかな」
「正確には、たまに聞こえない状態だと思います」
滝本さんが突然会話に参入したので、私も驚いてしまった。
「……なんだよそれ」
「突発性難聴の可能性もあると思います。初日ここに来た時、左耳にスマホを当てたのですが、右耳に持ち替えたので変だなと思ったのが疑ったきっかけです。しかし昨日は左耳で電話されていたので、たまに聞こえないのかなと思います。早期入院で治りやすい病気だとは思いますが、やはり検査が必要ですね。他の病気の可能性もあります。お年ですし、やはりしっかりとした精密検査を受けるのはとても良い事だと思います。調べたのですがこの近辺だと花井総合病院さんが……」
「うるせぇ!!」
兄貴は滝本さんの話を途中までしか聞かず、踵を返して部屋から出て行った。
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