第28話 オタクに優しく

旅館は午前中に朝食を出し、部屋の片づけと準備を終わらせたら、11時くらいから13時すぎまではお昼休みになるようだ。

 仕事を終えて部屋に戻ろうとしていたら、相沢さんと仲良くなったオタク仲間、ホンさんが近づいてきた。


『咲月は、樹里じゅりとは仲がいいのか?』

『樹里ちゃんは、少し話したことある程度かなあ。やっぱり本家だからね』


 相沢さんは翻訳アプリを使って返事した。

 樹里ちゃんとは、ここの旅館の料理長……相沢さんのお兄さんの娘さんらしい。

 ホンさんは


『樹里、わたしたち仲いいんだけど、咲月、相談に乗ってやってほしい』

『うんー……? 本家の人はなあ……』

『樹里、歌手になりたいみたい。歌がうまいから、咲月相談に乗ってあげてほしい』

「歌手? 滝本さん、歌手だって。だったら滝本さんも一緒ならいいですよ、ね? 滝本さん」

「はい……?」


 相沢さんは本当にお兄さんとお母さんが苦手らしく、見ていると全く近づかない。

 チラリと目に入ると高速で逃げていくのが分かる。

 だからお義兄さんのお子さんにも近づきたくないのだろう。

 会話を聞きながら、ボンヤリと思っていたら、一瞬で引きずりこまれた。

 まあ歌と言われたら俺の分野かもしれない。

 ホンさんが相沢さんを引っ張り、相沢さんが俺の腕を引っ張り、団子状態で地下にあるカラオケルームに入った。

 そこに女の子が待っていた。


「咲月お姉ちゃん、こんにちは」

「樹里ちゃん? あら……大きくなっちゃって……幼稚園の大玉転がしの写真を見た気が……」

「10年近く前の話ですね、それは」

「はー、もう時の流れが速すぎて無理です……」


 相沢さんは俺の後ろにススス……と隠れた。

 どこまで本家の人間に恐怖心を抱いているのかと少し笑ってしまう。俺は相沢さんの腰にそっと手をあてて前に出したが、かなりの力で後ろに下がってくる。

 予想以上に力強い。コントのようになってきた。

 樹里ちゃんは13歳だと自己紹介して、丁寧に頭を下げて話し始めた。


「実は声優になりたくて、ホンさんから咲月さんが絵が上手だって聞いて、声優さん業界を知ってるかなと思って無理を言いました」

 相沢さんは俺の陰に隠れて早口で語り始めた。

「私はただ絵を書くのが好きなだけで、アニメ業界で働いてるとかじゃないんです。だから全然詳しくないの。でもね、今声優さんは大変だなーと思ってる。舞台とか声優さんが表に出る仕事が増えてるから、みんなめっちゃ可愛いの。だから元アイドルのような人も声優さんをしてるの。最初から声優として仕事を得るのは難しそう。ものすごく特殊な声をしてるとかなら別だけど、あれは声の質がキャラクターに合うか、合わないか、だから」

 

 さすがアニメオタクの相沢さん。

 聞かれたことはしっかり答えている。

 正直俺もその意見には賛成だ。

 最近はアニメの声優をしたがるアイドルは非常に多い。売れなかったからそっち側にすり寄ってる子も見受けられるが、本当に好きな子も多い。

 そしてアイドルとして前に出てくる力がある子たちなのだ、基本的に華がある。

 改めて樹里ちゃんを見ると、目元は兄嫁さんに似ていて、まつ毛がとても長くて可愛らしい人だ。

 顔も小さくて身長も高い。でも、アイドルという枠で考えたら正直厳しいと思う。

 それに話している限り、声質も普通だと思う。

 俺も口を開いた。


「樹里ちゃん、初めまして。滝本といいます。樹里ちゃんは歌が歌いたいの? それとも声優さんになりたいの? どっちかな」

「歌、ですね。歌を歌って、人に聞いてほしいと思います」

「だったら簡単だよ。スマホでYouTubeとかにアップしたらどうかな」

「昔UPしたら著作権違反だって怒られて怖くなって……」

「ああ、なるほど。許可されてない曲をUPしちゃったんだね。ここを見てくれるかな」


 俺はURLを送った。

 樹里ちゃんはそれを開いて


「……許諾楽曲検索?」

「歌いたい曲をここに入れて、ここに載っていたら大丈夫なんだ」

「そうなんですか!」


 樹里ちゃんはすぐに検索を初めて目を輝かせた。

 YouTubeとニコニコ動画は著作権管理会社2社と包括契約をしているから、許可が出ている曲ならアップしても大丈夫なのだ。

 それを知らずに権利に触れるとすぐに削除されるし、大問題だ。


「あの今、せっかくカラオケボックスだし、歌ってみてもいいですか。録画して頂けますか?」

「どうぞ」

 

 俺はスマホを受け取って、録画モードにした。

 樹里ちゃんはその場にあったカラオケでボカロの有名曲を歌い出した。

 たしかに歌が得意ということだけあって、音がぶれなくて、高音もよく出ている。

 なにより低音をしっかり歌い分けているのは素晴らしいと思う。

 耳も良さそうだ。テンポに遅れていない。

 歌い終わり、相沢さんと俺たちは拍手した。


「私の100倍上手いわ」


 相沢さんは真顔で拍手していた。

 なるほど、相沢さんはあまり歌が上手じゃないのか、少し聞いてみたいと思う俺は意地悪だろうか。

 俺は動画を確認しながら


「絵は差し替えた方がいいですね。きっと相沢さんが何か書いてくれますよ」

「えええ?! 私?! 今?! なるほどお~~、滝本さんもムチャ振りが出来る人になってきたんですね。わかりました。でも初音ミクなら書けます」


 相沢さんは俺のiPadにサラサラと絵を書き始めた。

 それを横で見ていたホンさんと樹里ちゃんが興奮して悲鳴を上げる。

 相沢さんは褒められたことで嬉しくなり、サラサラと初音ミクの横に樹里ちゃんを簡素にキャラクター化して付け加えた。


「ふう。長いオタク人生、初音ミクはDNAに刻み込まれてるから息をするように書けますね」

「これ私ですか?! かわいい、ありがとうございます」


 樹里ちゃんの目が輝いている。

 相沢さんは基本的に本家の人間は怖いがオタクは怖くないらしい。

 さっきまでの怯えた状態は消えていて、どうぞどうぞと普通に話していた。

 樹里ちゃんはさすが今どきの子。相沢さんから来た絵をすぐに音声に張り付けてエンコードしてアップしていた。

 録画して30分後には曲がアップされた。

 俺はURLを確認して、ボカロPをしているTwitterにログインして、それを張り付けてあげた。

 するとすぐにRTが来て、横で再生数をじっと見ていた樹里ちゃんの目が輝いた。


「見て貰えてる!」

「そうですね、今回は俺が樹里ちゃんの曲が良いと思ったので、俺のTwitterで宣伝しました。それなりにフォロワーがいるので見てもらえると思います」

「ありがとうございます!」


 樹里ちゃんは入ってきた反応に嬉しそうに微笑んだ。

 俺のTwitterのアカウントを相沢さんがチラリ……と横から見て顔を逸らした。


「……私も張ってあげたいけど……私の持ってるTwitterアカウント……全部R18なんですよね……」

「それは張れませんね。俺はすべて健全なので問題ないです」

「私は絶対滝本さんのTwitterを探しませんよ! 無駄に性癖知っても意味無いですから!!」

「ソーシャルの使い方は人それぞれですね」

 

 俺はボカロP用とドル活用と、情報収集専用の社会人顔のアカウント3つ運用している。

 情報収集用のアカウントで相沢さんも相沢さんの裏アカも、なんならワラビさんのアカウントもすべてフォローしているが、別段言うことではない。

 俺は調べないと落ち着かない性格だから、そうしているだけだ。

 相沢さんの裏アカは『Hな絵専用です』と書いてあったので、どんなすごい絵が……! と思ったらそれらは結局すべてpixivに上げていて絵はなく『カレーが美味しい』と3日連続書かれていた。

 それはわざわざ裏アカに書くことだろうか……。

 今俺の前にいる相沢さんこそ、表の社会では隠された存在のような気がする。


 カラオケボックスではなぜかホンさんがアニソンを歌い始めて、相沢さんは相変わらず絵を書いて、樹里ちゃんと笑いながら話している。

 

「樹里ちゃん……オタクだとここ息苦しくない?」

 相沢さんは絵を書きながらだとよく話す。

 いつの間にか横に座った樹里ちゃんはYouTubeの再生数を見ながら

「それよりお母さんとお父さんが毎日喧嘩してるのがマジイヤですね」

 と答えた。相沢さんは『この世の終わり』のような表情をした。

「……樹里ちゃん生きて……」

「でも、UPの仕方も分かったので、もう少し頑張れると思います。私、諦めたくない! UPの仕方とか教えて貰ったの、お父さんとかには絶対秘密にしますね!!」

「うう……健気……頑張って……たまに勝手に絵を贈るね……」

「嬉しいです!」


 樹里ちゃんは目を輝かせた。

 相沢さん、本当にオタクには優しい。


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