第17話 夏の夜と坂道

「おつかれさまでした」


 私はいつも通り16時55分にPCの電源を落として席を片付け始めた。

 今日は午前中の定例会議が長くて、お昼はコンビニのおにぎりで済ませて30分前倒しで作業開始してなんとか終わった。

 会社は基本的に暇だけど、最近は滝本さんがいて少し楽しくなってきた。

 それでも定例会議は格別に暇だ。

 自分に関係がない部署の話を聞いても仕方ない。

 でも私の中で定例会議日=スペシャルな日だから、頑張った!



 今日は漫画喫茶に行って新刊を読む日なのだ。



 我が家の書庫はヤバい。

 冊数で言うと、先日三千冊をこえた。

 でも残念なことに、同じ本を何冊も買っているのだ。

 先日確認したら銀〇英雄伝説の9巻が3冊出てきた。表紙にキャラクターが一人しか書いてない状態だと「何巻買ったっけ……?」と分からなくなって、また買ってしまうのだ。

 家に届いて表紙を並べると、〇ルヒアイス、〇ルヒアイス、また〇ルヒアイス。

 おかしな話だ。

 むしろもう持っているのに「新刊だ!」と買ってしまう。だから三千冊あるけど、実質千冊。

 大丈夫、まだ私の本棚は頑張れる。


 いや、思い込みだけでは本当に入らないのよね、三千冊は。


 だから、最近は「どうしても手元に置きたい漫画」と「漫画喫茶で読む漫画」に分ける事にした。

 そして月に一度、定例会議の日は漫画喫茶に寄って帰ると決めている。

 これを始めてから、新しい話はまず読んでから買うので、ハズレがなくなった。

 素晴らしい事ばかり!



「すいません、これ一つください」

「はいよ。シュウマイもどうだい? サービスするよ!」

「じゃあ4つ入りのを一つ」

「いいねえ!」


 漫画喫茶に行く時は夕飯を買って行くと決めている。

 持ち込み可だし、色々買って行くほうが楽しい。

 今日は途中にあるお店で焼きそばとシュウマイを買った。

 このお店の焼きそばはチャーシューが入っていて、最高に美味しい。

 そしてコンビニで缶ビールと手につかないチョコレート。

 少し考えて缶ビールを2本にした。

 だってシュウマイがあるんだもん。


 荷物を抱え、スマホの会員証アプリを立ち上げてクーポンを確認しながらエレベーターに乗り込む。

 毎月通っていると使えるクーポンが溜まってきて、20%引きで居ることができる。

 そしてアラームに終電に間に合う時間を入れる。

 先日も漫画に集中しすぎて終電を逃すところだった。

 さすがに社会人として漫画喫茶のシャワーを浴びて出社する人にはなれない。

 でもまあ……次の日が休みなら、ちょっとしたい。

 徹夜で漫画を読むのも最高に幸せ!


「よし、と」


 席に着いたらご飯を置いて貴重品をロッカーに入れて漫画を取りに行く。

 漫画喫茶で唯一不満なのは、個室が暗い所だ。眠りたい人が居るのは知っているけど、なぜ全ての席が暗いのだろう。

 いや、100歩譲って暗い席もあってよいから、太陽光が入る明るい席も欲しい。

 頭上にある小さなライトでは漫画が読みにくい。

 

 まずは新刊ゾーンに行って出ている新刊をかき集める。

 この瞬間が一番テンションが上がる。ああっ……この漫画の新刊も出てるし、これもある!

 買うか買わないかギリギリのラインにある漫画の新刊が出ていて、しかも面白いと「ほう……ついに私の家に来るかい……?」と思う。

 それがまた10巻以下だと真剣に悩む。この冊数なら揃えてもいいんじゃないか?! 15巻以上になると専用の棚が必要になる。

 君にその価値があるのかい? 


 漫画本片手に真剣にそんなことを語りかけている自分が嫌いではない。


 一番楽しみにしていた新刊を手にビールを開ける。

 ああー、仕事して、好きな漫画があって、チャーシューは美味しくて、ビールが冷えてるなんて、パラダイスすぎる!!

 私は半分くらい一気に飲んで焼きそばを食べて、読み始めた。



「読み終わり……と」


 

 私はスマホの読書アプリにそれを入力した。

 これが恐ろしく便利なのだ。漫画を読んでいる量が多すぎて何をどこまで読んだか全く把握しきれないので、読んだ所までメモしている。

 なのにどうして買う本が被るのか、わからない。永遠の謎だ。

 次の本を求めて本棚ゾーンに出ると、〇KB48をネタにしたアイドル物の漫画が目に入った。

 これって確か、〇KB48に一人だけ男の子がいる話だったよね。

 ふと滝本さんを思い出して、1巻を手に取った。あと近くにあった極道がアイドルをやる漫画も手に取った。

 この漫画喫茶は漫画の並べ方もいい。

 アイドル関係の漫画が読みたいなと思ったら、隣に並べて置いてあるんだもん、神だろうか。

 

 アラームが鳴って大慌てで漫画喫茶を出て終電に飛び乗った。

 極道がアイドルをする漫画が面白すぎて出ている最新刊まで読んでしまった。

 滝本さんに読んでほしいから、買おうかな。

 あ、でも持ってるかも知れない。

 Lineで聞こうかな……と思いながら電車から降りた。

 するといつものコンビニから、滝本さんが出てきた。

 私は思わず大きな声で呼び止めてしまった。


「!! 今お帰りですか。遅いですね」

「清川と飲んでました」

「おつかれさまですー!」


 私は個人的に職場の人と二人きりでは、100%飲まない。楽しくないからだ。

 あ、でも滝本さんとは飲んでるから99%?

 私は滝本さんと自転車置き場に向かって歩き始めながら聞いた。


「極道の人がアイドルになる漫画知ってますか?」

「知らないです。面白いんですか?」

 と興味を持ってくれたので嬉しくなって

「週末一緒に読みましょう。今日読んできたんですけど、最高に面白かったですよ」

 と瞬時にスマホを立ち上げて、もうカートに入っていたので注文した。

 楽しみすぎる! というか、間違いなく買うための動機づけを探していたのだ。

 私も悪い女だわ……。

 滝本さんは、そういえば……と言いながらリュックを背負いなおした。

「今日は清川に美味しいチョコレートとマカロンを貰いました。甘いものはお好きですか?」

 と聞いてきた。甘い物は全て大好きだ。

 そう答えると滝本さんは、それは良かった……と言いながら、自転車置き場で突然鞄を全開にしてチョコレートの蓋を開けた。

 ええ?! こんな所で突然全開にするとは、滝本さんは中々酔ってるらしい。

 でもチョコレートは大好物なので、ひとつ頂くことにした。

 口に運ぶと甘すぎなくて、でもふわりと優しい味で、すごくおいしかった。

「んー、いいですね」

 私が言うと、滝本さんも一つ口に入れて

「ふわふわですね」

 とほほ笑んだ。そして今日は飲んでるので自転車は押していきます、帰りましょうか……と歩きだした。

 少し坂を登って一つチョコをたべて、少し坂を登ったら、また一つチョコを食べて。

「家まで持ちませんね」

 と私が笑ったら

「マカロンがあります」

 と滝本さんが自慢げに言うので噴き出してしまった。

 夜中にまだ食べるの?! 楽しくて全然嫌いじゃないけど。


 夏が始まる夜、チョコレートと自転車のカラカラ回る音が心地よい。

 私も滝本さんも少し酔ってて、笑いながら坂を上った。

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