第17話 真実
腹立たしい気持ちを抱いていた私の魂は、夫の邸へと来た。
記憶を手繰り寄せるように長い廊下を進んでいくと見覚えのある部屋にたどり着く。
部屋に入った私に夫は何も気付いていないようで、その様子が更に私を腹立たしさと寂しさのないまぜな気持ちで覆いつくしていく。
夫は険しい面持ちで愛用の筆を握りしめたまま考えがまとまらないのか書をしたためることができずにいた。
そこにある硯は私が愛する夫のために取り寄せた品だった。
まだ使ってくれているんだ。
夫を憎むに憎みきれず苦しくなった私はその部屋から逃げるように出た。
暗闇の中で邸の離れの灯が目に入り、そこはお義母様の居所だったと思い出す。
部屋に入った時に一瞬目があった気がしてドキッとした。
「いかがされました」
「いや、風が入ってきたように感じたのだが。」
「さようでございますか。戸口など確認してまいりましょう」
「よい。私の気のせいであったのだろう」
お義母様と一人の侍女が静まりかえった部屋で暗い声色で話しをしていたが、さらに声のトーンを抑え小さな声で侍女が言った。
「本当によろしいのですか」
「ああ、かまわない。決めていた通りに、」
「でも、やはりもう少し様子を見られては」
「私の命令が聞けぬのか、」お義母様が眉間にしわを寄せて苦々しい表情で詰め寄る。
「いえ、そうではございませんが」
「このままでは倅は何とかしてあの嫁をこの家に戻そうとするであろう。そうなれば家門にとって禍となることは明白。早々に手立てを打たねば」と、言って赤い薬包を侍女に手渡すのが見えた。
そういうことだったのかと理解した。
私は、愛する夫に毒を盛られたと思っていたが、実はお義母様がしたことだったのだ。今の私は遠い未来の生まれ変わりだからか真実を知っても不思議にお義母様への恨みは湧かない。その時代としては仕方のないことだったとも思える。それよりも愛する夫が私を連れ戻そうとしてくれていたことに気持ちが解けていく。
光に包まれて魂が温かくなっていく感じがする。
ベッドの上で目覚めると頬は温かい涙で濡れていた。
夢の中で遠い過去の記憶を見ていたのだろうか。
口の中はミカン飴の味が少し残っていた。
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