第5話 研ぎすまされる感覚
幼い時から霊感的なものが強かった。
聞こえるはずのないものが聞こえ、目に見えるはずのないものが視えた。
ある時はその気配に怯え、ある時は普通の生ある人のように捉えていた。
幼稚園の頃、起きる直前に雪が降る夢を見た。
目覚めた直後に慌てて外に出ると冷たい空気が全身を包み込んだ。その地域では珍しく雪が降っており、幼い私の目にはまるでタンポポの綿毛が空から舞い降りているように映った。
小学生の夏休み終盤のこと。ほぼ宿題に手を付けていない状態の私は3歳上の姉と普段使われていない離れで徹夜をした。その小さな建物は古く歩くと床がギシギシと気味の悪い音を立て、柱の木目は人の横顔に見えた。
うす気味の悪さを感じながらも当初は合宿気分でわくわくとしていた。スナック菓子を口に運んでは少し宿題をしてお喋りをし、少しずつ時計の針は進んだ。
夜が深まったころ、眠くなってきた私たちは2時間ごとに交代で眠ることにした。
私が先に眠ることになり、ウトウトと全身の力が抜け始めた頃合いだった。
「ねえ、紗季、起きて。起きて」と、姉が私の体を揺り動かした。
「まだほとんど時間たってないよ。なんで、」
「いいから、起きて。変わって。お姉ちゃんが先に寝るから」
言うが早いかで姉は頭から布団に潜り込んでしまった。姉の横暴さに少し腹立たしい気もしたがいつものことなので深くは追及しなかった。
それからほどなく姉の行動の意味が分かった。
真夜中の静まり返った空気の中、裸足かと思われるそのぺたぺたとした足音は近づいて来た。そして、その足音が私達の居る部屋の前で止まったあとに引き戸を開けるガラガラとした音が響いた。しかしながら戸は開くことはなく閉まったままでそこに人の影は見えなかった。
慌てて布団に潜り込んで丸まる。「どうか、私に気が付きませんように」と。
そのあと布団の向こう側でお仏壇のお鈴が何度か鳴っていた。此処に仏壇はないのに。
夜が明けると姉と私は走って母屋に戻った。徹夜用に準備したポットや菓子類、宿題ドリルなどをほったらかしにして。ちなみに姉には経を読む声が聞こえていたそうだ。それ以来、その離れに近づくことはなかった。
そのての感覚が強いのは母親譲りなのだろう。母もまた視えるはずのないものを鋭く感じていた。姉は私よりもよく視ることがあった。あの夜に私には視えなかったものが姉には姿を見せていたのかもしれない。
あれは高校生のころだった。
夜半に友達と数人で河口近くの川岸を歩いていた。たまたま友達が堤防を上っていき、私はその場で一人きりになった。
川のほうを見ていると河口側から川岸を走ってくる白い少年の姿が見えた。風のように早く感じて「すっごく足の速い子だなあ」と感心して眺めていた。その子は私に笑いかけているようで全くと言ってよいほど恐怖感などの負の感情は湧かず、普通にその少年を眺めていた。
その少年は川と堤防との間をジグザグに走っていたが、川側に行ったとき突然姿が見えなくなった。私は川に落ちたのではないかと心配したが直ぐに思い直した。小学生がこんな時間にそれも一人で川岸を走っているはずもない。それもあれほど速くに。白いシャツを着ているにしても全身が白っぽく変だった。そのことに気が付くと急に背中に冷たいものが走った。
今思い返すと懐かしい記憶の一つであって、嫌な感じはしないのでその少年は悪い魂ではなかったと思う。逆に自分が天然系だったことに少し笑えるぐらいだ。
大人になるとそういったものから解放されると勝手に思っていた。
だが、残念なことにその願いは叶わなかった。
年月が経つとともに予知夢と呼べるものは増え、霊的なものが視えたり感じることが増えた。それらは、恐怖であったり時には守護されていると感じるものであったり、時には生前からの関わりの続きのように感じた。
看護師としての職業が感覚を研ぎ澄ませているのかもしれない。魂そのものに触れる機会が多いからかもと勝手に推測する。でも、それなら葬儀社の従事者はどうなんだということになるがその実は知らない。そういった関係の知人がいないから。
もう3年ほどになるだろうか、ナースステーション内で振り返りざまに男の人の姿が目に入った。顔は見えなかった。最初はスーツ姿だったのでどこかの業者だと思った。それでも何か心に引っ掛かりもう一度振り返った。その人は今度は茶色の半纏を着ていた。その茶色の半纏には身に覚えがあった。律儀な患者さんだったその人が亡くなって丁度49日のころだった。きっと、挨拶に来てくれたんだろう。「お疲れさまでした」と、心の中でつぶやいた。
人と人との関係は亡くなったあとも続いているような気がする。
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