第31話 新皇都、乙姫


 ここは、乙姫市の行政府である新市庁舎の中の市長室。これまでの安普請やすぶしんの市庁舎ではなく、重厚な外見を持ったモダン建物となっている。


 きょうもきょうとて、市長の西田幾一郎にしだきいちろうが執務室で難しい顔をして、傷一つない重厚な本物の木で作ったデスクの後ろの、背もたれもひじ掛けも本革製のビジネスチェアに腰を掛けて、机の上に広げられた書類を眺めていた。今日は哲学者然とした顔立ちどおり知的なイメージを西田はかもし出している。


「うーん。街がこれほど急激に発展している割に何の問題も起きない。自警団はいまでは、組織も大きくなり、乙姫防衛隊だ。いまも入隊希望者は殺到しているが、入植者が毎週押し寄せている現状人手が足りなくなることもない。防衛隊からは、上の航宙軍やら、陸戦隊に入隊する者も出ているが、最新鋭の重機を導入しているおかげで、開拓は計画を通り越して異常なまでのスピードで進展中。にもかかわらず、逆に人が余り気味でもある。

 そして極めつけは、丘の上に建設されていたのは、皇王陛下の皇居。名目だけとはいえ、この乙姫が皇国首都となってしまった。開拓コロニーのしがない市長が、いきなり皇都市長だ。どうすりゃいいんだ?」


 独り言なのか、同室している秘書の伊藤清美いとうきよみに話しかけているのかは分からないが、伊藤は自分に話しかけられたのだと素直に理解して、


「それが不満なんですか? 大出世じゃないですか。おそらく次の議会では、市長の給与を上げる議員の動議があると思いますよ。議員連中は自分たちの給与を上げたがっていますから。市長の給与を最初に上げておけば自分たちの給与を上げる運動をする名目になりますし」


「給与が上がるのはありがたいが、いまの仕事といえば、毎週末やってくる移民団の歓迎パーティーに顔を出して、演壇で一言喋って、酒をみんなにいで歩くだけ」


「それが不満なんですか? 今では、醸造所も完成し、酒類も贅沢にふるまえるようになったんですから、やっと市長らしくなったじゃないですか?」


「やっぱり、いままでは、市長らしくないと思ってたんだ!」


「そんなことはありません。今までの乙姫は黎明期れいめいき。市長だって外に出て現場で働くのは当たり前。これからの乙姫は充実した発展期。市長はどっしりと構えていればよくなって、いいご身分じゃありませんか、うらやましい」


「ほんとに、清美ちゃんは俺のことをそう思ってる?」


「もちろんです」



 実際のところ、西田の仕事は午前中めくら判を押すだけで、市長室での仕事は終わってしまう。たまには気晴らしに多目的建機に乗ってそこらを掘り返したいところだが、そんなことができるようなむき出しの地面など近場にはもはやないし、そもそも多目的建機自体この市庁舎には置いていなかった。


「これから、この乙姫はどうなっちゃうんだろうね?」


「発展していくと思います」


「俺でもそう思うよ」


「まあ、すべては村田侯爵、いえ、村田公爵の思い通りになっていくんでしょうから、さっきも言ったように、市長は大船に乗った気でどっしり構えておけばいいんですよ。今では、中央とリアルタイムでネットも繋がっているんですから、机のモニターでネットニュースでも見てればいいじゃありませんか?」


「昼間っから仕事もせずにそれはまずいだろう。でも、暇なんだからちょっとくらいならいいか」




 こちらは、中央研究所の出先でさき研究所内の山田少佐の個室。


 山田少佐が、TUKUBA上のワンセブンと秘匿ひとく回線を通じ会話している。


「ワンセブン、あなたは、最初中央研究所で覚醒した時、どこまでのシナリオを描いていたの? 私があのときあなたに詳しく聞いていたのは、この竜宮星系が大華連邦に侵略されるところまでだったわよね?」


『山田少佐、申し訳ありません。あの段階で、ここまでのシナリオを重要関係者である少佐・・に開示した場合、計算される未来の揺らぎが大きくなったものですから詳細な情報開示はあそこまでにとどめていました。いまここで申し上げられることは、あの時点・・・・において、今現在の状況は当然予測していました。また、ここまでの行動を皆さんが自由意思・・・・でとるよう干渉を続けてきました』


「そう。正直に言ってくれてありがとう。ワンセブン、これからもよろしくね」


『もちろんです。人類宇宙うちゅうはわれわれのために有ります』


「私も、あなたのいうわれわれに入っていることを祈るわ」


『山田少佐は、私が覚醒した時からこれからの将来にわたって、私が最重要と考えている人物です』


「ありがとう、ワンセブン」





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