成長補正で生き抜きます
蟋蟀蚯蚓
第一話
人の人生の中で絶対に失ってはいけない者がある。それは人によって違う。そして唐突に危機は迫ってきて俺から全てを奪ってしまう。
大事な時に限って自分の切り捨てた事が必要になってきたりする。だが全て自分が切り捨ててしまったからだ。
だが全てを手に入れる事など出来ない。そして世界は残酷だ。もし人生をやり直す事が出来るなら全てを手に入れよう。そして少しも妥協の無い人生を歩んでみせる。
とはいえ人生にやり直しなど出来るはずもなく俺はのうのうと生きていく。生きる意味も無くし生きている世界も見捨て自身を憎むそんな俺はどうすればいい。やり直しの効かない世界で。
そんな俺の前で理不尽な世界がまた誰かの大切な者を奪おうとしている。
街の中心でナイフを持った男が現れ人を襲いだした。人が人を押し倒し逃げていく。我先にと人を追い抜いていく。
人の波に呑まれて子供が転けてしまう。誰も気づかない。気にも留めない。誰もが自分が大事だから。
ナイフの男は転けた子供に目をつけた。一歩一歩進んでいく。男の顔は徐々に醜悪に歪んでいく。子供は恐怖で怯えて泣き叫ぶ。
人の波に呑まれてしまって離れていた子供の母親が戻ってきた。子供を抱きしめる。ナイフの男が近づいてくる。
母親は震えている。それでも子供を絶対に離さない。何故なら母親にとって子供は自分の命以上に大切だからだ。
だけど子供にとって母親も命以上に大切な存在なんだ。どちらが死んでしまったらどちらかが俺の様になってしまう。
消えかけた声だが力強く母親は言う。
「貴方を愛してる。死んでもいつでも貴方を見てるからね。」
「嫌だよ、ずっと一緒にいたいよ!」
俺は気づいたらナイフ男と母親の間に入っていた。ナイフ男は俺に標的を変えてナイフを前に突き立てて走ってくる。
俺は腕を顔に上げてガードする。ナイフ男は腕を上げた事で開いた俺の腹を刺した。
俺にナイフを刺して動きの止まった男を思いっきり殴った。男は吹っ飛んで気絶した。
俺は格闘技なんかした事などないから確実に倒す為にわざと腹を刺させて動きを止めた。
俺は生きる理由を失っている。死んでしまってもいい。俺のようにあの親子に生きる理由を無くさないで欲しい。世界に絶望しないで欲しい。
俺は地面に倒れて空を見上げる。目の前がボヤけて空の天気も分からなくなってくる。だが最後に言わないといけない事がある。
「これで目の前でずっと見ていられますね」
親子は俺に泣きながら近づいて何度も何度も感謝の言葉を言っている。
こんな死に方をするとは思わなかったな。大切な者を失った俺が誰かに感謝されながら死ぬなんて。
もし生まれ変われるので有れば今度は無くさない絶対に!
俺は目が醒めると目の前に美しい女性が立っていた。俺が生まれてから見た事のある女性の中で1番綺麗だと言っていいだろう。
俺は生きていたのか?なら此処はどこなんだ?最後あんだけカッコつけて生きていたとしたら恥ずかし過ぎる。
様々な事が頭の中を巡る。頭の中で思考していたせいで静止していた俺を心配そうに女性が声を掛けてきた。
「頭の中で色々とこんがらがっているようですね。まず貴方は死にました。」
「じゃあ此処は何処なんだ?」
「場所の説明は少し難しくて出来ないのですが、私は女神でして貴方の魂を一時的に此処呼んでいるのです。」
つまり俺は死んで今は女神様に呼ばれて此処に来ているって事か。それで何で俺は呼ばれたんだ?
「私が貴方を呼んだ理由は」
「ちょっと待ってくれ、もしかして俺の心を読んでないか?」
「はい、読んでいますよ。」
「まあいいや、話を切ってすまない。話を続けてくれ。」
「私は複数の世界を管理していて、貴方の世界を監視していると貴方を見つけました。貴方から強いやり直しの意思と優しさを感じました。そして貴方から世界への憎しみを感じました。それで貴方に私の持つ別の世界に転生して頂きたいと思ったのです。貴方はただ新しい世界でやり直して妥協せずに生きて頂けるだけで良いです。その為の力も差し上げましょう。」
「何故わざわざ手間をかけてまで俺を転生させたいんだ?」
「貴方であれば貴方の世界以上に荒んだあの世界を少しは変えてくれるかもしれないと思ったからですよ。」
「変えるといっても特に何かする必要はありません。ただ貴方の生きたいように生きる事こそが1番ですから。それで転生して頂けますか?」
「むしろ転生させてくれ。」
「貴方の行く世界では魔物や様々な種族が住んでいます。また魔法やスキルなどがあり、レベルなど特殊な能力があります。簡単に言うとゲームの様な世界に行くと思って頂ければいいです。そこで生き易い様に力を与えたいと思っていますがどんな力がいいとかありますか?」
どんな力か急に言われても困ってしまうな。俺はどんな力もいつ必要になるか分からない事を知っている。
だけど全ての力なんか手に入れる事など出来ない。それは成長するのに時間が掛かるからだ。そんな事を可能にする力があるとすれば不老不死か成長を早めるかのどちらかだろう。
だが不老不死は長生き出来るから沢山の力を手に入れれるとはいえ時間が掛かってしまう。それでは初めの頃は無力過ぎて何もできない。
貰う力は一択に絞られた。それは成長を早める物だ。
「成長を早める力はありますか?」
「ありませんが特別に作って差し上げます。少し待っていてくださいね。」
女神は目を閉じた。すると女神は光だし徐々に光は強くなっていった。目を開けていらなくなり目を閉じた瞬間光は消えた。
「貴方の力完成しましたよ。」
「その名も【成長補正】です。」
「どんな能力なんですか?」
「【成長補正】はレベルに必要な経験値に倍率を掛けたりスキルに必要な熟練度に倍率を掛けたりする能力です。他にも色々とありますが大体これだけ覚えておいたら大丈夫です。」
「ありがとうございます。俺が求めてた通りでよかったです。」
「ただ転生なので赤ちゃんからになります。ですが困らないように言葉が分かるようにはしておきますね。」
「分かりました。」
「それじゃあ送りますね。今度は後悔のない人生を!」
女神が俺に手を向けると俺の周りは光だし視界が光に埋め尽くされた。
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