第6章 実践 第7話

「君たちは、本当に素直に三回目に違うことをやっていたから怒らせなかったんだと思うよ」


「へぇ~」


「現場での失敗もあの人は怒らないんだ。でも安全に関することでは、お互いに言い合えるようでなければダメだって言ってる。だから、君たちでも気づいたことがあったら、いつでも注意してもらって構わない。それで逆ギレするようなスタッフはいないから」


 山里が行った、安全管理の講義が思い出される。


 どんなベテランであっても、どんなに高い技術を有していても、確率事象である事故は発生するのだ。


 ワイルドライフマネージメント社のスタッフが、どんなに練習を積んでも、どんなに安全管理を徹底しても、僅かな油断で事故の発生確率は高まる。


 年下だからと言って、先輩の危険な行為を見逃したら、それは事故を誘発することに繋がることを、この人たちは知っている。だから、注意しろと言ってくれている。


 大物猟で、先輩が違法行為をしていたり、不安全行動をしたりしている姿をみた時に、果たして注意することができるだろうか。


 結局、狩猟は趣味であって、楽しければという意識が優先され、安全管理という意識はあっても「和」の方が優先されてしまっていることは否めない。

 

 ミーティング後の雑談では、坂爪に対しての質問攻めとなった。


「今日のあの距離で、良く頭に命中させられますね」

と後田が話しはじめた。


「マグレとは言わないけれど、上手くいったね」


「スコープの中では、どんな風に見えているんですか」

と松山が続ける。


「あぁ、あとで山里さんのスコープを見せてもらうと良いよ。我々は、二百メートルでゼロインしてあるんだけれど、ゼロインてわかる」


「はい。狩猟読本で読みました。ライフルの弾道は放物線を描いて飛んでいるので、ある距離でスコープの十文字、確かレチクルと弾着が一致するようにすることですよね」

と柴山が答えた。


「そうだね。今も話したように、二百メートルでゼロインしているので、二百八十メートル先のシカを撃つと、俺の場合、弾頭は約二十.四インチのドロップダウンが生じるの。一インチが二.五四センチメートルだから、換算すると五一.八センチメートル。この分高いところを撃たないと当たらないわけだ」


「そんなに上を撃つんですか」


「あぁ、シカを狙っても、弾は足下に落ちるだけだね」


「すげぇ~」


「それも、水平に撃った場合で、シカが射線よりも上や下にいるとこのドロップダウンの量は変化するので、気をつけないとね」


「へぇ~、じゃ、もっと上を狙うとかしないとならない場合もあるってことですか」


「いや、逆だよ。水平よりも、上や下にいる場合には、ドロップダウン量は小さくなるんだ」


「えっ、どうしてですか。上に撃つわけだから、増えるんじゃないんですか」


「それはね、水平に撃った時が一番重力の影響を大きく受けることになって、上や下に撃つと重力の影響が小さくなるので、どちらもドロップダウン量は減ることになるんだよ」


 との説明であったが、どうにも納得できない。

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