第3章 入学 第21話

 終了間際に、「どのワナが扱いやすかったか」と聞かれ、学生四人全員があるワナを選択した。


 そのワナは、踏み板部分がステンレス製でお弁当箱のような形をしており、動物が踏み板を踏むと、くくり輪となるワイヤーがガイドレールで上に持ち上がるように設計されたものだった。


 室内での作業であったが、実際のフィールドで設置することを考えると、多くのワナは深い穴を掘らなければ設置できないのに対して、そのワナはわずかな穴で設置できるところも、他にはない工夫のように思えた。


「それは、ワイルドライフマネージメント社とワナ製作会社とで開発、改良したワナです。ガイドレールでワイヤーが高い位置まで持ち上げられるので、シカやイノシシでは普通のワナでは副蹄の下でくくられるのに対して、このワナは副蹄の上でくくることができるので、逃げられることが少なくなります。


 副蹄は、わかるよね。前を向いている蹄が主蹄、その上で後向きに出ている蹄が副蹄です。それに、他のワナに比べると深い穴を掘る必要がないので作業効率が良く、一人の作業員で一日に三十基を設置することができます」


 なるほど、先週の坂爪の講義でもこれまであった狩猟のためではなく、科学的な捕獲のために改良を施した技術を用いて、従来の猟犬の欠点を克服するように考えられていた。今回のワナも、既製品のワナの欠点を克服するように考えられていることがわかる。


「一日に設置できるワナの数が多いということは、人件費の節約にもなり、経済性も高いというところは、ぜひ気にとめておいてください。


 次回の講義も私が担当しますが、次回は実際に皆さんにワナを作ってもらいます。それから、運用方法についても説明します」


 ワナを触りまくったために全身に汗をかくほどであったが、その背景を聞いて、頭の中も汗をかいたようだった。


「経済性かぁ・・・」と瀬名がつぶやいた。


 それを聞いた後田が、「企業だもんなぁ。経済性は重要だよ」と引き継いだ。

 

 アルバイトで貯めたお金で入学金や授業料を支払い、親からの仕送りなしで学生生活をはじめた瀬名にとっては経済性という部分は、大いに気になるところなのだろう。


「狩猟なら、一人当たり三十基だっけ、そんな決まりがあったよね」


「うん。一人が設置して良いワナは三十基だった」


「実際、そんなに仕掛けられないって言っていた人もいたけれど、仕事となるとたくさん仕掛ける必要もあるだろうし、人手をたくさんかけるわけにはいかないからね」


 これまで、捕獲するために必要な知識や技術ということばかりに目がいっていたが、確かに経済性を無視して良いはずがない。


 株式会社であれば利潤をあげなければ倒産してしまうのは当たり前だ。


 そうなれば、一基数万円もするようなワナは使えない。一基設置するのに三十分もかかっていたら、人手がいくらあっても間に合わない。


 四人は、そこまで深く考えたわけではなかったが、ワイルドライフマネージメント社とワナ製作会社が開発、改良したワナを直感的に良いと判断することができた。共通したのは「設置が楽そう」というところだった。


 良いものは、素人でもわかるということだろうか。そこまで深く考えられたのだと思うと、「たかがワナ、されどワナ」なんて言葉が浮かんだ。

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