第2章 迷走 第32話

 株式会社丸山調査の総務課の打ち合わせスペースに通された後田は、かつて経験のないほど緊張していた。


 大学入試でも面接があったし、株式会社丸山調査では一次面接から、二次、役員、社長と四回の面接があったが、そのいずれよりも緊張していた。


 先方には、まだ内定辞退の相談であることは伝えていない。不況不況と言われる時代に、採用内定をくれた会社である。面識はなかったが、大学の先輩も何人か働いていて、就職活動の時には、その先輩を頼って電話をした。


 今から伝えようとしているのは、その先輩にも迷惑をかけることだと思うと、気持ちが一気に重くなってくる。


 その重圧感から、すみませんでしたといって逃げ出したくなるような気分である。


「お待たせしました。帝山大学の後田君だったね。今日は何?」


「はい。実は・・・」

 言いにくそう視線を落としている、先方から


「内定のことかな」

 と声をかけられた。 


「はい」


 ここまで来てしまえばもう後には引けない。講座のこと、専門学校のこと、将来のこととこれまでの面接でもここまで熱く語ることはなかったろうと思えるほど一気にその思いを吐き出した。


「わかりました。要は、内定を辞退したいということだね。学生課からは、後輩に迷惑が掛かるからと言われた」


「はい・・・」


「確かに、この時期に内定辞退というのは、正直なところ会社としても困る。来年度の仕事を見越して採用しているわけだから、それが狂ってしまうことになるわけだからね」


「はい・・・」


「そのことも理解しているわけだね」


「はい。ご迷惑が掛かることは重々承知しています。それでも、自分の気持ちをまずは聞いていただいて、それは受け入れられないということであれば、進学は諦めて、頑張ろうと思いました」


「諦められるのかな」


「はい。進学して学びたいという気持ちは、残るかも知れませんが、公開講座でお話を聞いた講師の方の言葉を借りれば、学ぶことはどこでもできて、考え方次第だと思います」


「そう。君の考えや思いは確かにお聞きしました。私の段階で判断できるものではないので、社長と相談することになります。急ぐ必要があるだろうから、これから一緒に社長のところへいきましょう」


 一気に、話が大きくなってきた気がするが、もう後戻りできない状況となった。


 たとえ、進学が駄目となって会社に入ったとしても、このしこりは残ってしまうかも知れない。


 内定辞退を受けてもらえたとしても、今度は後輩への迷惑となってしまうかも知れない。進学したいという自分の思いが、わがままとして受け取られてしまう。


 もっと、あの公開講座が早い時期にあったら。もし内定をまだもらえずに就職活動を継続している状況だったらと思うといたたまれなくなってくる。

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