第5話

   

 しかし、実際には『今まで通り』ではなかった。

 まず、雪野さんのお喋りに、田辺先輩の話題が増えた。彼に対する想いを、今さら僕に隠す必要もないからだ。

 それに。

「富田くんだって、男の子だからね。田辺先輩の気持ちになって、話を聞いてね?」

 雪野さんにとっての僕は、恋愛相談ができて男性心理のわかる相手であり、貴重な存在だったのだろう。

 一方、僕にしてみれば……。

 好きな女の子から彼女の好きな男について聞かされるのは、素直につらく感じる部分もあると同時に、魅力的に輝く彼女を見られて嬉しいという一面もあり、なかなか複雑な想いだった。


 変化は他にもあった。

 大学からの帰り道、時々、雪野さんと一緒に歩くようになったのだ。

 今までよりも互いの想いに踏み込んで話せるようになったから、電話だけでなく、もっと語り合いたい……。そんな気持ちが、雪野さんの方にも出てきたのだと思う。

 とはいえ、大学の近くで一人暮らしをする僕と違って、雪野さんは実家からの電車通学。二人一緒なのは、駅までのわずかな距離であり……。

「せっかくだから、もう少し話しましょうか? 駅前の喫茶店でいい?」

「喜んで!」

 こうして、フラれたにもかかわらず『ちゃんと顔を合わせて会話を』という望みは叶ったのだから、なんとも皮肉な話だろう。


 これだけならば、ただ単に僕は都合の良い聞き役だったわけだが……。

「男の人の気持ち、参考にしたいから少し教えて。富田くん、まだ私のこと好きなのよね? 私には好きな人がいる、ってわかった上でも?」

「もちろん!」

 雪野さんに水を向けられて、僕自身の想いを改めて語る機会も増えてきた。

 喫茶店で雪野さんが注文するのは、ほぼ決まってメロンソーダ。そのストローをくわえながら「いかに僕が雪野さんを好きか」という演説を聞く彼女は、少しだけ困ったような表情も見せていた。

 ある時。

 僕の『演説』が終わったところで、

「富田くんって、ちょっとストーカー気質かもね」

 と、雪野さんは軽く笑ってみせた。

「ストーカー……?」

「そう、ストーカー。ただ諦めきれない、というより、ちょっと想いがしつこい感じ」

 それまで考えたこともなかったが。

 当事者である彼女が、敢えて『ストーカー』という言葉を使ったのだから……。

 雪野さんの中には、僕を気持ち悪く思う部分も結構あったに違いない。

 それでも親しい友達という関係を続けてくれたのは、彼女の優しさだったのではないだろうか。その優しさにこそ、僕は惹かれていったのではないだろうか。

 ならば、最初の刷り込みインプリンティングのような一目惚れは終わり、ようやく本当の雪野さんを好きになった、と言えるのだろう。

   

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る