この世界は縫い合わされたパッチワーク

ちびまるフォイ

関係のある糸

窓を開けると、糸が張り巡らされていた。


「だ、誰だこんないたずらをしたのは!?」


スパイ映画で赤外線センサーだらけの部屋のように

外には様々な色の糸が張られている。


いったいどこから伸びているのか。

糸の末端は見えない。


「どうなってるんだこれ……?」


外に出るとどこも糸だらけ。


ピンと張った1本の糸の果てを確かめようと

糸をたどってどこまでも歩いてゆく。


「あの、さっきから私についてきて

 なにか用ですか? 警察呼びますよ?」


「え!? あ、いえ、あなたから糸が伸びてたもので!」


「糸……やだ!? なにこれ!?」


「服の繊維がほつれてのびた……とかじゃないですよね」


「バカじゃないの!? ありえないわ!」


糸の果てはとある女性の背中へと行き着いた。

自分の家の前から伸びていた糸の一つが人へとつながるとは思わなかった。


「最悪! ちょっと、背中の糸切ってよ!

 もうなんなの! 朝から糸だらけで歩きにくいし!」


「は、はあ……」


女性から渡されたハサミで糸を切った。


「切りましたよ。……あれ? どうしたんですか!?」


糸を切った瞬間に女性は黙って倒れてしまった。

先程の表情のまま目を開けている。


「うそだろ……息してない!?」


何度確かめても女性は糸を切られた人形のように

だらんと力なく倒れていた。


ププー!

なおも助けようとするのを車のクラクションが遮った。


「コラァ! 道の真ん中で何してんだコラ!

 どけやボケ!! ひき殺すぞ!!」


「あんたまさか、この糸だらけの世界で車を走らせる気か!?」


「じゃかしぃ! ワシが車使って何が悪い!!」


「ここに張られている糸は人の命につながってるんだぞ!」


「知るか! どけ!!」


男は車を強引に発進させる。

車の前に張られていた糸を車のバンパーが断ち切ってゆく。


「やめろ! 早く車を止めろ!!」


周囲では散歩していた犬が急に倒れはじめる。

車にしがみついて窓ガラスを叩く。


「車を止めろ! 糸を切っちゃいけないんだ!!」


運転手を見ると、ハンドルに頭をつけて倒れていた。

すでに死んでいるのは明らかだった。


車はそのままスピードをあげて壁に激突した。

走行中に進路を遮っていたいくつも糸を断ち切ってしまった。


すぐに救急連絡をし到着を待った。

車がぶつかった場所を見ていると、ふと気づいた。


何もないはずの空間がベロリとなにか垂れ下がっている。


「これは……」


近づいてみると、布が空間から垂れ下がっていた。

垂れた布を元の場所に戻すと、風景に溶け込む。


背景をプリントしていた布が車の事故で剥がれたのか。

そもそもこの世界は布で覆われていたのか。


「頭がおかしくなりそうだ……」


今見ている風景は風景を描いたカーテンの絵でしか無い。

これを剥がすと内側には……。


「なんだこれ……糸がいくつもあるぞ……?」


空間布の剥がれた場所には何十本もの糸が張られている。


「これも命の糸なのか?」


糸のひとつを手に取る。

よく見ると、糸には名前札のようなのが付いている。


「ゴウダトウマ、サトウカズキ、ヤイダミドリ

 オオサキミホ、マツザキカナ……松崎カナ!?」


自分の妹の名前があるとは思わなかった。

空間の裏にあった妹の糸は他の人の糸と絡んでいる。


「切らないようにそっとしておこう……」


同姓同名の別人だとしても切ったら命が失われるかも。

垂れていた布を空間にフタをするように戻した。


固定するために家から持ってきたホッチキスの口を開けて四隅に止める。


「ホッチキスの針が空間に浮いてるなぁ……」


よく見れば空間に浮く針が見えるが誰も気づかないだろう。

この世界の裏にも糸の空間があるなんて知らないほうがいい。


その時、救急車のサイレンを自転車に取り付けた救急隊員がやってきた。


いちいち張り巡らされた命の糸をかいくぐっていく。

プロレスリングのロープを開けて入場する選手みたいだ。


「救急隊です! 遅くなってすみません!」


女性や車で断ち切られた人たちの事情を伝える。

すぐに倒れた人は救急隊に担がれていった。


「あの! 警察にも一緒に伝えたんですが

 どうしてまだ来てないんでしょうか!?」


「実はこの先で銀行強盗が立てこもっており

 そっちに人員が割かれているんです」


「強盗!?」


「今も銀行で糸質いとじちをとっているんですよ!」


「そこの場所はどこですか!?」


救急隊に聞いて銀行の方へとやってくる。

現場につくと人だかりができていた。


「まだ金の準備できないのか!

 ようし、それじゃ糸を切ってやろうかな」


犯人は悪そうな顔で手元にたぐりよせた糸の一本を手に取る。

手持ちのカッターの刃をゆっくりと糸に沿わせる。


「あっ……! あれは……!?」


現場を見て息を飲んだ。

まさか自分の妹が人質になっているなんて思いもしなかった。


「やめろ! ゴウダトウマ!

 人の命を断って金を得てもなんにもならんぞ!」


「うるせぇな! 人質よりも先に

 てめぇの糸をぶった切ってやろうか!!

 こっちには警察の糸もあるんだよ!」


犯人は握っている糸束の1本を見せつける。

説得を続ける警官はすくみあがった。


群衆に紛れている兄を見つけた妹は、

助けを求めるでもなく諦めたように笑った。


「ちくしょう! なんとかならないのか!」


強盗犯が勢いで妹の命の糸を切ってしまったら……。

警察の説得もどこまで効果があるのかわからない。


必死に頭を回していると聞き覚えのある名前を思い出した。


「ゴウダ……トウマ?」


どこかで見た気がする。


記憶をたどり続けたとき、剥がれた空間の布の奥。

裏空間にある糸にその名前があった。


「あれがこの強盗の命の糸だったら……!」


善良な妹の命が失われるよりも

悪党が死ぬほうが良いに決まっている。


布が剥がれた場所に戻りホッチキスの針を抜いて、

糸を見つけるなんて時間はない。


「ここにもあるはずだ!」


女性から借りていたままのハサミを取り出した。

口を開けたハサミを思い切り振り上げた。


「君! いったいなにをしている!!」


近くにいた警官も驚いていた。

制止を無視してなにもない空間にハサミの刃を突き立てる。


ビリビリと空間に切れ目が入り、ベロンと布上の空間が垂れ下がる。

布の奥にはいくつもの糸が縦にピンと張っている。


「やった! ここでも空間を剥がせた!」


空間の裏にあった糸の1本「ゴウダトウマ」の糸をつまみ出す。

糸は松崎カナの糸に結びついていた。


「切れろーー!」


ハサミでゴウダの糸を切った。

これで死んでくれればーー。


ふたたび銀行に目を戻すと、男はピンピンしていた。


「おいてめぇ! そこでなにコソコソやってる!!」


「し、死んでないのかよ!?」


確かにゴウダトウマの糸を切った。

同姓同名の別人だったのか。


「嘘だろ……それじゃ俺は全然知らない人の糸を……」


がくぜんとしてその場に膝をついた。

強盗はなおも元気にこちらを威嚇している。


そのとき。


わずかに注意をこちらに向けたスキをついて、

妹が犯人からカッターを奪った。


「いまだ! かかれーー!!」


糸を切れなくなった強盗を見て警官がなだれ込む。

強盗はあっという間に捕まって妹も無事開放された。


「カナ! 大丈夫だったか!?」


「お兄ちゃん……」


「驚いたよ。お前があんなに勇気あるとは思わなかった」


「突然今がチャンスだってわかったの。

 私もホント驚いてる」


「ピンチになると人は変わるんだな」


「お兄ちゃんは何もしてなかったけどね」


「やってたよ! でも効果がなかっただけだ!!」


「ふぅん」


「というか、普通に話してくれるのな」


「は?」


「ほら、兄妹の仲がそんなに良くなかっただろ?

 昔みたいに普通に会話してくれるんだなって」


「……」


妹は思い出したように顔をうつむかせた。

その後でローキックを入れてきた。


「いてぇ!」


「ピンチになると人が変わるって言ったじゃん」


「暴力以外で愛情表現できないもんかね……」


事態が収集されてから、引き裂いた空間へと向かった。

垂れ下がったままの空間布を戻そうと準備する。


「結局この糸はなんだったんだろう」


かつて、妹の糸に絡まっていたゴウダの糸はない。

今度は別の糸が「マツザキカナ」の糸と交差していた。


「あれ? また別の糸が絡んでる……」


手にとって目を凝らす。


「マツザキ……ヨシオ……。これ俺じゃん」


切るのも怖いので絡まったまま空間布を戻して留めた。

その日以降、妹はことさら自分に絡むようになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

この世界は縫い合わされたパッチワーク ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ