第128話 奇跡なんかじゃない
後半が始まっても佐倉中央は攻め続けたが、それは寧ろホワイトロックが狙っていた事であった。前線の3人を中心にシュート本数が増えているが、ゴールには繋がらない。
一ノ瀬(私が全てを防げば負けることは無い。プロとして、日本代表としてもう失点するわけにはいかない!)
7分、梨子のシュートを一ノ瀬がキャッチした瞬間に、吉良は前線へと猛ダッシュした。一ノ瀬は佐倉中央の選手の間を縫う低弾道のパントキックを前線に向けて蹴った。
千景「カウンター!遅らせて!」
ハーフウェイライン付近で樹里が立ち塞がるが、吉良はスピードで圧倒するとそのままドリブルで中央へ進んだ。佐倉中央の他のメンバーは全力で戻ろうとするが、到底間に合いそうに無い。ペナルティエリア付近でシュートモーションに入ると、雛がスライディングでシュートブロックした。
雛(やらせない!)
吉良(違うんだよなぁ。)
ニヤリと笑った吉良は左後ろにパスを出した。そこには左足を振り上げて今にもボールを捉えんとしている薗部がいた。
薗部(完璧。2点目をありがとう。)
愛子(終わったわ…。)
それを見た愛子が絶望を感じた。しかし、ボールは薗部の足元に届かず、パスコース上で止まった。足を伸ばしていたのは仁美。
薗部(はっ?ちょっそれどうなってんの!?)
新体操を習っていた仁美は自慢の軟体で前後に180°開脚してボールをストップしていたのだ。
仁美「愛子!今のうちにクリアして!」
愛子が大きく前線にクリアすると、会場も見たことのないプレーに大きく沸いている。
雛「やっばいって!何今の!?」
愛子「本当に助かった!ありがとう!」
仁美「負けたくない、それだけの思いが届いたんだよ。絶対守り切って次に行こうよ!」
吉良(完全に失念していたぁ。8番がとんでもなく軟らかいってこと。…多分、もう厳しいかもねぇ…。)
吉良の予想通り、ワンパターンしか攻撃を用意していなかったホワイトロックは完全に攻めあぐねた。逆に佐倉中央は15分に柚月と真帆がアウトし、攻撃に厚みを増やすために伊織とつばさが投入され、3-4-2-1のフォーメーションに変更した。
つかさ
梨子 千景
仁美 つばさ 伊織 萌
美春 雛 樹里
愛子
後藤「どんどん攻めろ!押していけ!」
観客も佐倉中央を応援する声がホワイトロックサポーターの声を完全に上回っていた。
「行け!佐倉中央!」
「大番狂せ見せてーーー!」
ピッチに立つメンバーもその声に後押しされて幾度となくチャンスを演出した。そして42分、雛のパスを受けた仁美がアーリークロスをつかさを目掛けて上げると競り合った裏川が先に頭で触り、ペナルティエリア外に掻き出すがその先にいたのはつばさ。シュートを撃たれてはマズいと思った吉良は強引に身体を寄せるがつばさは上手くボールを逃して自分だけが倒れた。その瞬間に主審がホイッスルを鳴らした。吉良はノーファールだとアピールしているが主審は首を横に振っている。ペナルティエリアのすぐ外、ゴールから24mの距離のFKが佐倉中央に与えられた。ボールを拾ったのはつかさ。
楓「さあ、教えたことを実践するチャンスやで!下手こくなよ〜?」
御堂「え?一体何吹き込んだん?」
つかさはボールを置くと、楓に教わったことを反芻した。
楓「まず、シチュエーションはゴールから程よく近いFK。壁の端に裏川が立っとるとき、直接狙うと一ノ瀬に防がれる。なら何を狙うか、裏川や。裏川はFKの壁で飛ぶタイミングで腕が外に広がる癖があって、上手いこと当たればPKが貰えるっちゅうわけや。ま、角度やら高さやらは分からへんからそこは博打撃ちやけどな。ただ、壁に当たって一ノ瀬のタイミングがズレる可能性も高いからリバウンドを鈴木とかに詰めさせれば点は堅いんとちゃうかな。」
つかさ(裏川さんの腕の高さは分からないけど、とりあえず飛んでない状態での肩辺りの高さに蹴れば上手いこと行くはず…。)
深呼吸を一つして助走を始めると右足で壁の横、厳密に言えば裏川のすぐ右を狙って巻いたボールを蹴った。裏川はヘッドしようとジャンプするが、楓の言った通り腕は無意識のうちに広がっていた。ボールの軌道が変わり真下に落ちると主審はホイッスルを鳴らし、ペナルティスポットを指差すと裏川は頭を抱えた。そしてその裏川にはイエローカードが提示された。ホワイトロックの応援スタンドからはまたしても大きなブーイングがこだました。
「裏川!もう帰れよ!」
「余計なことすんな!やめちまえ!」
その声に嫌気が差したのは佐倉中央だけでなくホワイトロックのメンバーもだった。
裏川「ごめんなさい…ごめんなさい…」
一ノ瀬「裏川、まだ泣くな。必ずや止めてみせるから。大丈夫。」
ボールを拾ったつかさは黙ってペナルティスポットにボールを置いた。
つかさ(相手は日本代表。何度もこういう状況は経験してきているはず。今までやってきたGKとは別格のオーラがある…。でも、ここは決める…!)
一ノ瀬(キャッチングができれば一番望ましいけど、弾くだけでも十分。ただ、リバウンドが間に合えばの話だけども。)
主審がホイッスルを吹くとつかさはゴール右下を目掛けて早いグラウンダーのシュートを放った。しかし、それを完全に見切っていたか一ノ瀬も同じ方向に飛んでストップしたが、一ノ瀬も完全にキャッチが出来ておらず、ボールはエリア内に転がっている。
つかさ(やらかした…!)
一ノ瀬(よしっ!後は抱えるだけ…はっ?なんでもうそこにいるの?)
つばさ(間に合って!)
真っ先にボールに反応したつばさの念が通じたか飛びつく一ノ瀬よりも早くボールをゴールに叩き込んだ。つばさはつかさに抱き上げられ、他のメンバーからももみくちゃにされている。
つかさ「助かった!本当にありがとう!」
千景「いい反応だったよ!」
楓「ひょお〜ヒヤッとしたぁ〜。つかちゃんでもPKミスることあるんやなぁ。」
御堂「まあ、もうこれで堅いわな。さ、ウチらも明日に向けて練習せな。」
楓「せやな。準々決勝で佐倉中央を叩き潰すためにもまずは勝ち上がらん事には話にならへんもんな。」
テレビの電源をオフにすると2人はグラウンドに向かった。
ホワイトロックの選手は空を見上げたり視線を落としたりしている選手ばかりであった。しかし、ゴールにあるボールを拾ってセンタースポットに置いたのはPKを献上した裏川であった。
裏川「取り返します!まだやれます!薗部さん、力を貸してください!」
薗部「おっし、やろう!ホワイトロック!最後まで行くよ!」
その姿に会場の一部から始まった拍手はいつしか会場を埋め尽くしていた。佐倉中央は全員で守備、ホワイトロックは全員で攻撃という極端な構図となった。アディショナルタイムは2分であったが、その時間もすぐに尽きてペナルティエリア外からの薗部のシュートが枠外へ大きく外れると試合終了を告げる長いホイッスルが鳴った。今大会最初のジャイアントキリングは佐倉中央が成し遂げ、ピッチにいるメンバーの中にはガッツポーズを上げたり、抱き合ったり、勝ったのにも関わらず膝をついて肩を震わせている者もいる。
セレモニーが終わった後、ホワイトロックの選手だけでなくベンチにいるメンバーや監督、コーチも含めてサポーターのいるスタンド席に向かって深々と一礼をし、降り注ぐブーイングも一同は全てを受け止めていた。トップリーグに属するプロチームが高校生などに負けることなど起きてはならない話であったが、佐倉中央が勝ったのは単なる奇跡などではなく、そんじょそこらのアマチュアとは格が違うというのをサポーターが知るのはもう少し先の話。
札幌ホワイトロック戦の評価点は以下の通り。
得点者: 梨子、つばさ
アシスト:つかさ
警告:なし
途中交代:後15:柚月、真帆→伊織、つばさ
愛子:6 雛:7 樹里:6 美春:7 真帆:7 仁美:8 萌:7
柚月:6 千景:7 梨子:8 つかさ:7 つばさ:8 伊織:6
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