第74話 非常事態

22分、長かった攻撃に耐えた佐倉中央が反撃の狼煙を上げる。桃子がセンターサークル付近で蓬莱からファールギリギリのタックルでボールを奪うとそのまま縦に突破を図った。少し前には千景、両サイドにはつかさとかれんが走っている。両WBはその2人にマークをしている。DMFが寄せるが、ミラノ内定の桃子のドリブルに成す術もなく抜かれた。

桃子(つかさとかれんは警戒されているな…。だけどな、私と千景のコンビがお留守だぜ!)

桃子は千景にパスすると千景は2人のDFの間を通す絶妙なスルーパスを送った。フリーのまま桃子の目の前に見えるのはゴールに立ち塞がるGKだけ。

国光(遅い!貰っていく…!?)

スライディングで飛び込んだ国光であったが、桃子の足元にボールはなかった。慌てて後ろを振り返るとつかさがドリブルでボールを持ち上がっている。桃子は国光に気づくと一瞬でコントロールしてヒールでつかさにスルーパスを送っていたのだ。

つかさ(こんなチャンス、何度も起こるものじゃない…!?)

シュートを放ったつかさだったが、振り抜いた左足に違和感を感じた。ボールはゴールを逸れていってしまった。

つかさ(挫いたり蹴られた訳でも無いけど、何かがおかしかった?)

千景「つかさ、今なにかあった?」

つかさ「分からないです。ただ、違和感を少し感じました。」

桃子「怪我ではなさそうか?」

つかさ「ええ、痛みはないです。」

後藤(今の外し方はつかさにしてはおかしいな。動けている以上怪我ではなさそうか。)

広瀬「…あっ!先生、あれ!」

後藤「どうかしたか?」

吉沢「つかさのスパイク、壊れてますよ!」

愛子「なんだって!?」

咲「本当だ!底の部分がパカパカしてる!」

後藤「長いこと使っていたそうだしな。相当劣化していたみたいだな。」

つかさ(スパイクが壊れてる!でも、私が抜けたら守備に穴ができる!前半は何とか堪えなきゃ…!)

つばさ「お姉ちゃん…あれじゃ上手く出来るはずないよ!」

神奈子「でも、替えのスパイクなんて持ってきてないものね…」

裕次「誰かに借りるまで待つしかないか…」

その様子を観客席最前列で見ていた瑞希はすぐに走り出した。

真帆「ちょっと!どこ行くの!?」

瑞希はそのまま観客席の外に出ていった。

瑞希(まだ間に合うはず。何とか渡せれば!)

控室前で袋を持ったまま屯していると、遠くの方から足音が近づいてきて、隠れる暇もなく見つかってしまった。

警備員「君?選手かね?」

瑞希「え、ええと…何と言いますか…。」

それを怪しんだ警備員の一人はトランシーバーで何処かに連絡を入れた。

警備員「ちょっと事務室で事情を聞かせてもらえるかな?」

瑞希(つかさ…ごめんね、力になれなくて。)

後ずさる瑞希の手を警備員が掴みかけた所に…

真帆「あの!この子、私と同じ佐倉中央高校の選手です!」

関係者用のカードを持っていた真帆が現れた。

警備員「本当かね?」

真帆「本当です!どうぞ。」

まじまじとカードと顔を見ながら少しすると警備員はトランシーバーでまた何処かに連絡して一礼をして去っていった。

警備員「疑ってしまい、申し訳ありませんでした。頑張って下さい。」

瑞希「真帆…ありがと…」

真帆「どうして一人で解決しようとしたの!」

瑞希「えっ…」

真帆「それ、スパイクでしょ?瑞希の。」

瑞希「うん…。つかさに渡そうと思って…。」

真帆「言ってくれればよかったのに…。もし私が来てなかったら大変なことになってたかもしれないのよ!」

瑞希「ごめん…。」

真帆「分かるよ。今日出られなくて悔しいのも、だからこそ勝ってほしいのも。」

瑞希は持っていたオレンジ色の袋をぎゅっと握りしめた。それを見た真帆は微笑んだ。

真帆「でも、これで届けられるね!つかさの足のサイズに合ってるかな?」

瑞希「…うん!真帆、ありがとう!」

その時前半終了のホイッスルが鳴った。遠くの方からハイタッチの音がいくつか聞こえる。

桃子「いや〜!前半無失点はかなり大きい!」

いつも通りデカい桃子の声が聞こえると二人は笑顔で顔を見合わせた。

つかさ「あれ?二人で何してるの?」

真帆が肘で瑞希を押す。

瑞希「つかさ、試合中にスパイク壊れちゃったでしょ…?履きなれないかもしれないけど、これ、よかったら履いて!」

つかさ「気づいてたんだね。ありがとう!」

後藤「まず控室に入ろう。」

控室で瑞希の黄色と紫のスパイクを履いたつかさは満足そうに頷いた。

つかさ「うん!サイズも丁度いいし、これなら後半も試合ができそうだよ!」

後藤「よし、揃ったな?知ってる通り、白鶴は攻撃だけでなく守備も厚い。特に両WBが攻守共に優れてるな。だが、中央の蓬莱を好きにさせていないだけ良し。そのままフラストレーションを溜めさせれば有利になってくる。守備の穴もそこにあったりするから後半は堅実に1点取って逃げ切るのが得策だろう。各自で話し合ってくれ。」

桃子「サイド崩すのはやっぱり厳しそうか?」

かれん「WBだけじゃなくてSBも付くと考えるとこっちもSBやDMFのフォローがいるかもしれませんね。」

飛鳥「じゃあ後半はもっと上がってみるわ。」

マヤ「蓬莱は3番と5番にかなり信頼を置いてるみたいね。FWはシュートを外した時から一気にパスの本数が減った気がするわ。」

光「勿論、FWや蓬莱にマークは付くけど、WBはDMFとSBが基本は付いてくれ。SMFが下がっても構わない。」

千景「攻撃はどうしますか?チャンスがなかなかないですが。」

亜紀「シュートの本数が2本とかだったよね?まずは撃たないことには始まらないよね。」

桃子「幸い、足はそんな速くないからドリブルでのカウンターも狙っていいかもな。」

後藤「時間だ。後半で必ず決めよう。」

佐倉中央は選手同士でハイタッチをしてコートへと向かった。

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