第1話-4 薬剤師・南依吹

 當真さんはにやにやしているが、私の思考はほぼ止まってしまっていた。だが、いつまでも固まっている場合ではない。

 私は必死にあの時の光景を思い出す。お会計の瞬間、他に見るところはどこだったのか。

 ――池上さんの支払いはお札のみで、そのお札はガマ口財布から釣銭のトレイに落とすように取り出していた。

 ん?


「財布から……『ガマ口財布』から、お札を『落とした』……手がうまく、動かせないから……」


「ほう」


 當真さんは軽く相槌を打った。


「お札は落ちてきたのに小銭が出てこなかったのは、初めから持ち歩いていないか……それとも、別の財布に入れているのかも……」


「ほうほう」


 相槌がわずかに力強くなる。


「手が震えて小銭がうまく掴めないから、最初からそういう工夫をしていたのかも……」


「本人に聞いてみないと実際はどうなのかはわからないけれど、なぜ気が付かなかったのか、っていう質問への答えとしてはオーケー。手がうまく使えないから、ああいう風にしてたんじゃないかな、と推測はできるね」


 腑に落ちた。未だに健在である私の両祖母ですら、今どきガマ口財布など使っていない。手の震えがある人がそのようなものを使っていたということは、何らかの理由があるのではないか、と想定しておきなさい――當真さんが伝えたいのは、そういったことだろう。


「あと、最後にもう一つ気になることが」


 と當真さん。


「ま、まだあるんですか……? 私、本当に池上さんを帰してしまってよかったんですか?」


「もうそろそろ他の患者さんが来るかもしれないからちょっと話を急ごうか。さっき池上さん、話のどこかで『また』、って言ってたでしょ?」


「……『また』、薬が余った?」


「そう。どうして『また』薬が余ったのか? それを考えることがこの仕事では必要だねー。じゃあ原因になりそうなことを答えてもらおうか。はい、制限時間五秒」


「え、えーと……薬の数が多くて飲むのがつらい、食事が不規則で飲めなかった……こんな感じでしょうか?」


「あとは、分包紙の中の薬が濡れていたってことも組み合わせて考えてもいい。だとすると他には何がある?」


「そうですねぇ……例えば認知症の初期症状とか、そうでなくても、うつ病とかの精神疾患で判断力が落ちていたのかも……」


「そうだね、そうやって色々と想像しながら患者さんと話をすると、患者さんも気づいていない問題を見つけられることがある。それがうちらの本領を発揮するところだね」


「だとするとやっぱり、あのまま池上さんを帰したのはまずかったのでは……?」

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