マリア・サーガ

山野陽平

ねがい

第1話 ギュスタヴ・ベキャベリの娘

 幼少から天真爛漫に育ったマリアはお付きの狐達の目もはばからず、昔からの習慣で水浴びをしていた。


 と言ってもここギルガン島は人はほとんど住んでおらず、喋る狐しかいない。島には彼らの職場や住宅が立ち並び、この真水が湧き出る森林は手付かずの自然だ。


 2匹の狐が小さな滝の中から出てきた全裸のマリアに、タオルと衣服を手渡した。


 「お父様は何を思い詰めているのかしら」マリアがタオルで耳を拭きながら言う。


 「社長がどうかしましたか」マリアの育ての父、ギュスタヴ・ベキャベリ。いなり総合商社の社長で、一度は辞めて、かつてから放浪の旅をしていたが、マリアを旅先で引き取った際に戻った。それからというもの、20年くらい経った今に至るまで一度も旅に出る事なく、ここギルガン島でマリアと過ごしながら会社の手伝いをしてきた。


 「いやね、最近食欲もなくて、何か考え事をしているみたいなの。私と話もしないの」マリアは下着を身につけはじめた。


 「そうなんですか。出社はされて現場には出られているみたいですけどね」狐は早起きをしたのであくびをした。


 「現場のお父様はどんなの?」


「厳しい方ですよ。まあ会社がここまで大きくなったのはギュスタヴ様のおかげみたいなもんですから」狐は地面の濡れタオルを自分のバックパックに入れた。


 「いつも」違う狐が言う。「口癖のようにマリア様が不憫だ不憫だと嘆いてらっしゃいますからな」


 「聞いたことがあるわ。何が不憫なの?」


「やはり生い立ちが1番かと。マリア様もご存知の通り、ギュスタヴ様は実のお父上ではありませんし、マリア様には実の血縁、それに同種のお友達やお知り合いもおりませんし」


「あんたらがいるじゃない。島にうじゃうじゃ」マリアは服も着ずにけたけた笑った。


 「マリア様も23のお年。このまま島にいていいものかと社長も考えるのでしょう」


「私は仕事で連れられる以外は、ほとんどこの島から出てないから、どういう生活が人間の女性の普通か分からないわ」


「恋愛をして人並みに結婚して、愛する子を育む事でしょうな」


「それが幸せ?」マリアは薄手のワンピースをすぽっと着た。「それは押し付けじゃなくて?お父様も実の子はいないはずよ」


 「私達からしたら、ギュスタヴ様はマリア様を実の子以上に愛してらっしゃいますな。これは断言出来ます」狐達は揃ってコンコンうなづく。


「だからってダンマリして、一緒にご飯も食べないの?」


「お食事も?」


「そうよ。よっぽどじゃない?昔から性格がひねくれている所はあったけど」


「それはよっぽど思い詰められてますなあ」


「それも愛情の裏返し」狐が合いの手を入れる。


 「最近は剣の稽古もない。去年からくらいまでは鬼みたいにしていたくせに。私が" 術潰し "でお父様を超えてしまったからかしら」


「は?」狐は細い目を見開いた。


「マリア様が?」もう1匹も。


 「剣ではまだ勝てないけど。五感で感じ取る力は上だって。お父様って凄かったの?」


「......最強に」


「国内?」


「この世で」


 突然藪から違う狐が出てきて、息を切らせて泉に顔を突っ込んだ。そしてマリアが水浴びをしていた水辺の下流で水をがぶ飲みし始めた。


 「やはりここにおいででしたか」走って来た狐は幾分落ち着いたらしい。


 「どうしたの」


「社長がお探しです。マリア様に話があると」


元いた2匹の狐達は揃ってマリアの顔を見上げた。


 マリアはついに来たかと颯爽と市街の家に向かい始めた。


 


 

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