私とパパとの絆は地球一周半

北条秋月

第1話地球一周半のキズナ

「あー、どうしてこうなったんだろう」

車のなかで天を仰ぐこの男、沢流総一はある場所に急な用で向かっていた。

「だい、いや社長、後10分程で目的地に着きます」

そう言って助手席に乗っている大柄な男は、大河信郎38歳、沢流の会社の部下で

「社長、本当に向かって良いんですか?」

と、訪ねているのは同じく沢流の部下で、この車を運転してくれている定祐二29歳だ。


「あー、かまわんよ。とにかく行って、さっさと済ませてしまおう」


本当にどうしてこうなってしまったのか。

私は妻の今日子と高校生になる娘、明日香と普通に三人で今まで平和に暮らしていた。と言っても、私と娘は血が繋がってないのだが。あれは10年前、娘と初めて会った時のことだ。

私達夫婦には子供ができず、私が30歳を過ぎた辺りで、病院の検査で子種がないことがわかった。ショックだった。その後、妻と何度か話し合い、私の勤めている投資会社が寄付をしている児童施設に行き、里子をもらおうと言う話しに落ち着いた。

あの時も今日と同じように、初夏の風が緩やかに吹く日で、季節変わりを感じさせるような香りが気持ちをなごませる、そんな日だった。

この雲一つない今日の空からの陽射しは、スーツのシャツからでた腕と顔の頬の辺りを心地よく感じさせてくれていた。

施設に着いたとき。私は当初男の子を探していると、施設長に相談した。

将来私に何かあって、妻が一人になっても

「母さんは僕が守るよ」的な事を言ってくれるような子に育ってくれたら。などど考えていたからだ。

施設の子供達が全員建物の外の広場に集合させられていて、そのなかで、圧倒的な存在感を持つ、5、6歳位の女の子に私は目を引かれた。仁王立ちをして、睨み付けるようにこちらを見ていたその子の目はまるで、世の中は全てが敵だ、自分以外は何も信じない。と、まるでそう言っているかのような威圧感を出した目だった。

私は、その女の子の目を見ているうちに、遠い昔の何か、そう、過去の自分に通じるような、そんな何かを感じ取っていたのだった。


「そうか、この子の目はまるであの時の」


私が15歳の時、母は若い男を連れて私を置いて何処かへ行ってしまった。


「あんたなんか産まなきゃ良かった!」

「あんたが居るから私は…」


などと、毎日のように辛辣な言葉を母から浴びせられ、愛などと言うものなど、この世に無いかのように育てられ、その後、まるで飽きた半野良猫でも捨てるように、母は私を捨ててどこかへ行ってしまった。


そこからは地獄だった。


親戚の家をたらい回しにされ、歯を食い縛るような毎日を送り、厄介者のような扱いを受けていた私は、いつしかこう思うようになって行った。

「いつか将来、自分を捨てた母にも見えるくらいの、でっかい花火を上げてやる!それが俺の復讐だ」

と言っても、別に花火師になりたいと言っている訳じゃない。

世の中の人に知られるほどの、大きな仕事をしてやる、と言う意味だ。

とにかく、その言葉を合言葉に私は色んな事を乗りきった。

母に捨てられ、一年程経った日の事だった。

突然、私の遠い親戚だと言う、ある老夫婦に引き取られ、そこからは何不自由なく育てられ、大学まで出させてもらった。

私はそこで生まれて初めて、親の愛情と言うものを知った。


幸せな毎日を送っていて、母への復讐心も薄れるほどに大事に育てられた私は、この先私の一生を持って、必ず義父と義母にこの恩を返したい。とそう思っていた矢先、私の大学卒業間もない頃、義父は病気で亡くなり、その3日後、義母も後を追うように逝ってしまわれた。

その後、私が義父の会社を継ぐこととなった。

そう、だいぶ話が長くなったが、あの女の子の目はまさしく、あの時母に捨てられた私と同じで、痩せた野良犬のような、毎日怒りのぶつけ先でも探しているようなそんな目だ。

と、私がそんな事を考えている内に、妻がその子の前に行き、膝をついて見つめていた。

普段、のほほんとしている妻でさえも、その子の存在感あるオーラが気になったのだろう。

「うちの子になる?」

そう、うちの子に…「て、ちょっと今日子さん」

早い。着いてまだ5分も経ってない。 妻はペットショップかなにかと勘違いしてるのか?

人だよ。自分達の子供だよ。

そんな簡単に言う人居る?居るんだよ。

うちの妻には、それを言ってしまう、そういう天然な所があった。

「うん、なる」

て、なるんかい!

私はびっくりした。

先程まで、あれほど痩せた狼のように睨み付けていた子が、一瞬であんなに柔らかい顔に変わり、妻とふれ合っている姿を見て、その時私はふと思った。

毎日愛を注ぎ込むようにして育てれば、虎でさえも猫になるんじゃないかと。

私もその子の所へ行き、膝をついて話かけた

「名前は?何て言うのかな?」

「明日香」

「そっか。じゃあ、今日から沢流明日香だね」

それが、私達と娘の明日香と初めて会った日の事だった。

施設長の存在をまるで無視して、話を勝手に進めてしまったが、私の会社がこの施設に多額の寄付をしていることもあり、手続きや審査と言ったものは手短に済んだ。

こうして三人で生活することになり、この子がすぐに私達に心を開いてくれて、私達も本当の娘のように思い、目一杯可愛がった。

この子がやりたいと言ったことは、全てやりたいようにやらせ、ピアノやぬいぐるみなど、女の子が欲しそうなものは、何でも買い与えた。

そして、あっという間に1年が過ぎた。

この子が8歳の頃、突然言い出した。

「空手をやりたい」

「え?空手?わかった。なんで空手なのかな?」

空手を始める理由など、一切言ってくれなかったが、「まあ、女の子も少し活発な方が良い」と、妻と二人で暖かい目で見ていた。

女の子は男の子より成長が早いと言うし、年齢を重ねていく内に、どんどん女の子らしくなっていく。そう思っていた。

この子が9歳の時。

「パパ、これ持って」

誕生日の時に、せがまれて買ったパンチンググローブとミットを持ち出し、私にミットを持たせて家のなかで練習に励んでいた。

この子は、何のためにこんなに強くなろうとしているのだろう?

私は、この年の明日香の誕生日に、サプライズで用意していた、大きなクマのぬいぐるみを車のトランクに乗せていて、結局渡せず終いになってしまっていた。

この子が10歳の時。

「はい、これ」

娘に防犯もかねてスマホを渡した。

「わあ、パパありがとう」

後から妻に聞いたことだが、この子のSNSやインスタのフォローは、なぜか格闘家が多かったらしい。

この子は、一体何を目指しているのだろう?

この子が11歳の時。

「パパ、うちのクラスじゃない子だけど、上級生にいじめにあってる子がいるの。どうしたら良い?」

この子は、他人のトラブルも見過ごせない、やさしい娘なんだ。この子らしい正義感は、ある意味私達の理想に育ってくれてるのかも。

「明日香、そういう時はね。こうすれば良いよ」

私は直ぐに思い付いたアドバイスをした。

「そっか、なるほど。あ、そうだ。あれは使っちゃダメなの?」

そう言った明日香の指差した場所には、これまた、いつかにせがまれて買ったヌンチャクが置いてあった。

「明日香、暴力はダメ。何も解決しないよ。新たな火種を産むだけだ」

「わかった」

返事はすごく良い。この子は毎回返事は良いんだ。

後日、心配になってうちの社員を連れて、明日香の学校を見に行ってみると、あらかじめ私の部下に調べさせておいたいじめの上級生達は、なぜか顔の形が変わっていた。

あれは誰がやったんだ?

いや、事故か何かかも?

明日香じゃない。あの子はそんな事をする子じゃない。

「パパありがとう」

娘にハグされた。こんなに力が強くなっていたのか。あばらが軋むよ。

「なんか良いことあったのかい?」

「この前のいじめの案件、パパの言う通りにしたら、マルっと解決したよ」

本当かなぁ…

案件?どこでそんな言葉覚えたんだろう?

ま、元気に明るく毎日送っていれば良いじゃないか。そう思うことにした。

この子が12歳の時。

「パパ、そろそろ空手からキックに切り替えようと思うんだけど」

え?なんで?切り替えるものなの?

「パパは、ピアノとかお花とか、そういうの興味持ってもらえると嬉しいな」

「ねえママ、ママはどう思う?」

この子は都合の悪いことは耳に入らない子だ。

そして、13歳の時だった

「パパ、これ見てほらこれ」

明日香が両の拳を見せてきた。

「立派な拳ダコだね。すごいじゃないか明日香」

うちは誉めて育てる。別に悪いことしてる訳じゃないし。

でも、何のために拳を鍛えて…

いや、あの子を信じよう。

そう思い、妻が入れてくれた茶を啜っていた時だった。

「あ、そうだ。パパ、今日一緒にお風呂入ろ」

私は飲んでいた茶を吹き出した。

「どうしたの急に明日香ちゃん?」

さすがの妻も、その発言には慌てたようだ。

「急に何を言い出すんだ明日香」

「んー、だってさ。私ら親子なのに一回もお風呂一緒に入ったことないじゃん。いい年になったら入れないし、今のうちに一回位入った方が良いと思って」

いや、もうそのいい年に微妙に差し掛かってる。

「いや、明日香。親子だからって、なんかの儀式みたいに義務的に入るものじゃないよお風呂は」

「そうそう明日香ちゃん。それに急にそんな事を言われても、パパも恥ずかしいだろうし」

「え?なんで?同じクラスの摩季とカレンは、一緒に入ってるって言ってたよ」

「そ、それはだいぶ小さな時の話じゃないかな…」

摩季とカレン?あの茶髪のギャル予備軍か。

一度うちに遊びに来てた時に見たが、明日香と同じ年に見えなかったな。

「明日香ちゃん。親子と言っても、一応男女別々に入るものよ。ほら、温泉だって男女別々でしょ?」

ナイス!いつもの妻と違い、切れのある意見だ。

「えー、一回位一緒に入ったことおきたいな。ねーパパ、どうしてもダメ?」

どうしてそんなに一緒に入りたがるんだ。

ただ、この子は一片の疑問があると、それを飛ばして前に進めない、そんな融通が利かない、いや、真っ直ぐな性格の子だ。

ここは一つ、深く説き伏せた方が良いのかもしれない。

「明日香、そこに座りなさい」

「さっきから座ってるよ」

「少し落ち着いたら?立ってるのあなただけよ」

「あ、ああそうか」

あ、本当だ。恥ずかし。何やってるんだ私は。

「パパ、私達って血が繋がってないでしょ。だから、そんなむずかしく考えることないんじゃない?」

いや、むしろそこでしょ。

いや、そもそも血とかそんな問題じゃねーし。

血が繋がってないからこそ、そういう繊細な部分を埋めるように一つ屋根の下で生活してきた。年頃になろうかと言う娘と一緒にお風呂に入ったなんて知れたら、それこそ、我が子のように手塩にかけて育てた娘を、施設に逆戻りさせてしまうことになる。

それに、血がどうのこうのと説明するのは

なんだか愛がないような気がするな…

愛か…愛?そうだ、これだ。

「明日香、世の中にはな、血よりも濃く大きなものがあるんだ」

「血よりも濃い?大きい?いったい何それ?」

「それはね、キズナだ」

「キズナ?」

「そうキズナ」

「じゃあさ、私とパパとのキズナってどのくらいなの?このくらい?」

そう言って明日香は両手を自分の胴体位に広げた。

その小いささを見て、総一は思わず眉を細めてしまった。

「いや、そんなものじゃない。もっと大きい」

「じゃ、このくらい?」

さっきより両手を伸ばせるだけ伸ばして見せる明日香に、総一は肩をすぼめ、外国人がするような素振りで首を横にふった。

「えー、じゃ、どのくらい?」

て言うか、さっきから小さすぎだろ。

目に見えないものを表すからと言って、なんで両手を広げた大きさで治まると思うのだろう。ここはしっかり見せないと。

そう思った総一は、人差し指を1本立てて明日香に見せた。

「え!?1本!?」

と、なぜか妻も一緒になって明日香と驚いた声をだし、人差し指を立てただけでこんなリアクションされると思っていなかったので、当初「地球一周分だ」と言うつもりでいたのが、なぜか少し足して言ってしまったのだつた。

「そう、地球一周半分だ」

「地球一周半!?すごいママ!私とパパとのキズナ地球一周半だって!すごくない!」

思わず中途半端な数字を言って、少し心配になったが、妻と喜び抱き合っている明日香の姿を見て、なんとか説得できたと、手応えを感じている総一だった。

だが、妻の今日子は違った。


え?総一さん。地球一周半て何?

私はてっきりキズナって目に見えないものだから、「人の心は海よりも宇宙よりも広いんだよ」的な事を言うと思ってたのに。

地球一周半?その中途半端な数字は、いったいどういう根拠で出したのかしら?

それよりも明日香ちゃん大丈夫かしら。

今日は今日で、突然パパと一緒にお風呂入りたいとか言い出すし。

それにこの喜びよう。地球一周半と言う中途半端な言葉に、なぜこの子は疑問を抱かないのかしら?

やりたいようにやらせよう、が私達の教育方針ではあったけど、今までこの子に買い与えた物をパズルのピースにして、完成したものを想像しただけでも、イヤな予感しかしないわ。

総一さんは気づてないみたいだけど、明日香ちゃんは間違いなく、あなたを見て育っているわ。







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