第18話 後輩と出会った日。きっかけ
きっかけはなんだったのか。
それは、いくら思い返してみても分からない。先生が俺に手伝いを頼んだことなのか、それを俺が了承したことなのか。それとも、俺が生徒手帳を落としてしまったことなのか。
「うわぁぁぁん。もう、お嫁にいけない~」
はあ、どうすればいいんだろう。これ。
俺は目の前でわんわんと泣く女の子を見てため息をついた。
彼女が泣いている理由には検討がついている。
俺が風で舞い上がったスカートの下に隠れていたパンツ(クマさん柄)を見てしまったからだ。
それ以降、彼女は大粒の涙を流しながらこの状態でいる。かれこれ、五分くらい。ずっとだ。
だんだんうるさくなってきた。
「だ、大丈夫。君はまだまだお嫁にいけないから落ち込むことはな――」
「うわぁぁぁぁん! 馬鹿にされたーー!」
落ち着かせようとしたのに、もっとうるさくなった!?
手で耳を塞ぎながら彼女のことを見る。
本当に今日入学したのかと疑いたくなるような見た目で泣いている姿は余計にそのことを疑問にさせる。
可愛い女の子。第一印象がそれだった。今も可愛いという印象は抜けていない。けど、これは――女の子ってより子犬みたいだな。
泣き続ける彼女はどうにもそう見える。
さて、どうしようか。ずっと泣かせておくのは忍びないし……こういうの初めてだからどうすればいいのか分かんねぇ。
俺はゆっくりと泣いている彼女に近づき、そっと小さな背丈のてっぺんである頭に手を置いた。
俺の友人が言っていたのだ。頭を撫でると彼女が喜ぶんだって。
だから、やってみたけど……よくよく考えたらこれセクハラじゃないか? ほら、泣き止んだけどきょとんとしちゃった。
「え、えーっと……よ、よしよし」
どうすればいいのか分からず、とりあえず撫でた。友人と同じように優しくして。サラサラの髪が心地良い。
じっと小さな瞳が何も言わずに見つめてくる。
うっ……どうにも居心地が悪い。やっぱり、失敗だったか。
ごめん、と謝りかけた時、彼女の目がふにゃりと柔らかくなり、はっきりと分かるように口角を上げた。そのまま、擦り付けるみたいに頭を押しつけてくる。
……喜んでるのか?
一度、手の動きを止めると彼女もピタッと止まり、小さな目がじっと俺を捉えてくる。まるで、もっとしてと言っているみたいに。
もう一度、頭を優しく撫でると同じように気持ち良さそうにして頭を自分から押しつけてきた。
「かっ……」
かっわいいいいいい!
……あ、しまった。キャラ崩壊を起こしてしまった。ごほんごほん。
小さな目が不思議そうに俺を見ている。
俺は漏らしかけた言葉を遮るようにして、空いている手で口を隠してそっぽを向いた。
え、なに、この可愛い生き物。ヤバイんだけど。お持ち帰りしたい。
……って、アホか。出会ったばっかの女の子に何を考えてるんだよ。……一応、辺りを確認しておこう。チラッと。
「落ち着いた?」
そう聞くと小さく頷いてくれた。
ふう、良かった。騒ぎすぎて先生が来たら職員室に連れて行かれる所だった。
「……もう、終わりですか?」
「はい?」
「頭……手」
「あ、ああ」
俺の手は未だに彼女の頭に置いたままだ。
彼女の目がもっと続けてほしいということを訴えてきているような気がした。
撫でてほしいなら、気持ち良かったし是非とも続けさせて頂きたい……でも。
「良いのか? 見ず知らずの人から頭を撫でられたりして……嫌だろ。てゆーか、いきなりごめん。許可もとらずに」
女の子の頭を勝手に撫でるなんて本来なら万死に値することだ。友達でもなければ、知り合いでもない。セクハラだと訴えられても致し方ないこと。
ゆっくりと手を退けると彼女の目がうるうると震え始めた。
ゲッ、また泣く!?
「ほ、ほら。いつまでもこんな所にいないで家にお帰り。親は?」
これ以上、厄介事に巻き込まれたくないのと早く生徒手帳を見つけないといけない思いで追い払うように言うと彼女は俯いてポツリと漏らした。
「……仕事で来ていません」
その短い一言は重たく、悲しんでいるように聞こえた。
しかし、それも束の間。勢いよく顔を上げた彼女はそれまでが嘘だったかのように笑った。
「まあ、良いんですけどね。征服するためにこの学校の隅々までを初日で調べることが出来るんですから。万々歳です!」
それが、嘘であることは明白だった。
こっちが嘘だよな。こんな、寂しそうに笑って……。
今時、親が仕事で家にいない家庭なんてそこかしらにある。俺の場合は母さんが専業主婦だから入学式に来ないでいいと言ったのに来たて一人じゃなかった。
この子の家族がどうなのかは知らないけど母親がいて父親がいるのなら、共働きで来れないというのは世間でいうそこかしらと一緒でなんら変わったことはない。
実際、今日だってこの子以外にもいるはずだ。門の所で写真を撮っていた家族だけが今日を迎えた訳じゃない。
だから、俺はどうもしない。
「そっか。頑張れよ。俺は用があるからこれで」
もう、関わることはないだろうと最後に頭をポンポンと叩いていく。
裏口から体育館に入り、中を確認する。
まだ誰も来てないな。今のうちに。急げ。
女子バレー部が練習を開始する前に体育館内を駆けていく。目的物はただ一つ。俺の失敗した顔写真が貼ってある生徒手帳。だけだというのに隅から隅までを行ったり来たりしても見つかりはしなかった。
「ここじゃないとしたらどこに?」
どこに立ち寄ったかを考えても息が切れているせいでまともに頭が働いてくれない。
もうちょっと、鍛えた方がいいかな。
「あの……どうかしたんですか?」
「ん……ああ。まだいたんだ。ちょっと、落とし物を探してるんだけど見つからなくて」
てっきり、どっかに行ったとばかり思っていた後輩の彼女がドアの影から首から上だけを覗かせている。
照れ屋の恥ずかしがり屋みたいで可愛い。
「ここにあるんですか?」
あ、体も出てきた。ちょっと、残念。
「たぶん、そうだと思う」
他に心当たりのある場所は考えてもやっぱり思い付かないし。
その時、わいわいと楽しく話すたくさんの声が裏口ではない入り口から聞こえてきた。
女子バレー部の人達だ。
かけられている時計を確認する。時間的にもあっているだろう。
「私も手伝いますよ」
「え、いいの?」
「はい。焦っているようですし」
焦ってはいないんだよな。どうしようかと悩んではいたけど。
「ああ、でも。今から、練習始まるし危ないからやっぱりいいよ。気持ちだけで」
「どうするつもりなんですか?」
「まあ、急いでる訳じゃないから明日にでもまた探すよ」
探した限りだと、どこにも落ちてないし明日になっても大丈夫だろう。そもそも、恥ずかしい思いをしたくないから探してただけだし。
そんなことに知り合ったばかりの後輩を付き合わせる必要もない。
大人しく、体育館から出ていこうとして。がらがらと何かが開く音がした。
「あそこは探さないんですか?」
「すっかり、頭から抜けてた」
開けられたのは体育倉庫。そこには、各部活動や授業で使われる物、さっきまでズラリと並んでいた椅子など、必要なものが収納されている。
「ちょっと、探してくる」
たぶん、あれだけ探してどこにもないってことはあそこに落ちているはずだ。見つからなかったら先生に言って新しいのを作ってもらう。
「私も手伝いますよ」
体育倉庫は広くて物が多い。床に手をついたり、背伸びをしてみたりしていると凛としたような声が反響した。
後輩だ。いつの間にか、靴を脱いで真っ白い靴下姿になった後輩が立っていた。
「悪いんだけど……お願いしていい?」
正直、俺の体だと探しづらい。でも、この子だと小さくて小回りが効きそうで入りにくい場所も探せそうだ。
「任せてください。因みに、探し物は?」
「生徒手帳。中身を見るのは禁止な」
二人で手分けして作業を開始した。
思惑通り、後輩は小さな体を活かして活躍している。跳び箱の間や棚の間など、俺だと探すのに一苦労する箇所も彼女は難なくこなしていた。
それから、暫く黙々と探し続けていると。
「ありました!」
後輩が手を掲げて何かを持っていた。
それは、ほこりがかった汚い生徒手帳だった。
「ボロボロですね……」
「散々蹴られたりしたんだろうな。うん、俺のであってる。ありがとう」
渡してもらって中身を確認すると間抜けな姿を晒した自分がいた。ほこりを払ってポケットにしまったのを確認する。今度はなくさないようにしないと。
「靴下……汚れちゃったな」
「お互い様ですよ」
自分のを確認すると後輩と同じように汚れていた。これから帰るため洗うことも出来ずになんだか申し訳ない。
「ジュースでも奢るよ」
「ナンパですか?」
「んな訳ねーだろ。礼だよ礼」
「それなら、してほしいことがあります」
なんか、嫌な予感が……でも、手伝ってもらったし。断りづらいなぁ。
この時、俺の予感は間違っていた。
でも、それに気付くのはもっともっと後の話だ。
「私の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます