偽りの食卓

玉置武

第1話 視点・僕

「疲れた・・・」


一人暮らしのマンション。

残業が長引いて帰ってきた僕。

晩御飯はスーパーのタイムセール。

いつものことだ。

食べながらテレビをボーっと眺めていた。


「ブーッ、ブーッ」


携帯電話のバイブが鳴った。

母親からのメール。

いつものことだ。

沢山、貼り付けられた写真。

可愛い赤ん坊の写真。


昨年。

従姉妹に子供が生まれた。

母親はすっかりその子に夢中だ。

そしていつも必ず最後に書いてある。


「次はいつ帰ってくるの?」


僕は一人息子。

母親もきっと寂しいのだろう。

でも。

正直、僕は帰りたくはないんだ。

何故なら、こう言われるのはわかっているから。


「彼女は出来たの?」

「結婚はいつするの?」


僕はいつもこう答えていた。


「仕事が忙しいから無理だよ」

「仕事が落ち着いたら考えるよ」


実際。

僕はとても忙しかった。

両親の期待に応えて。

一流企業に勤めることになった。

母親は。

僕の就職が余程嬉しかったのか。

周りに僕の事を話してまわっていたらしい。

寄ってくる女性も居たけど。

僕には彼女達の相手をする余裕はなかった。

だから、僕の言葉に偽りはなかった。



でも。

もうそう答えることにすら疲れてしまった。

だから、僕は帰りたくないんだ。


僕には・・・。

そう答えなければならない秘密があった。

でも。

母親には言えない秘密。

家族には言えない秘密。


僕は母親のメールの既読スルーを決め込んだ。

モヤモヤした感情が。

僕を支配した。


「そうだ、あの店に行こう」


僕は飛び出す衝動を抑える事ができなかった。

衝動に駆られるまま。

携帯電話と財布をカバンに入れて。

僕は部屋を飛び出した。


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