好天気
樟葉ちゃんの家に招かれて、色んなことがあった。
最初は気分転換のような理由だったが、いざ行ってみると樟葉ちゃんの祖父はマストのお偉いさん。そして、樟葉ちゃん自身から大事な物だというシンパシーイデアを託される。
予想だにしない出来事に私は翻弄され、複雑な感情に陥った挙句、樟葉ちゃんの前で涙を流してしまうという失態。だけどそのお陰か、今は随分と前向きでいられた。
「樟葉ちゃんには感謝しないと……」
私が泣き崩れた時、樟葉ちゃんは優しく見守っていてくれた。何も言わずに、私に大事な物であるシンパシーイデアを譲ってくれた。
それによって私の行動範囲が広がり、また鏡結界と戦う事ができる。つまりは骸と同じ土俵に立てるという事なのだ。
「これからどうするか考ええないと……」
私は机の上にシンパシーイデア、そしておじさんから貰った紙の束を置いて、腕を組んで考えを張り巡らせる。
問題点は色々あるだろう。第一にシンパシーイデアを手に入れたとして誰かと契約をしないといけない事。そうしないとシンパシーイデアはただの置き物と化してしまうのだが、その契約に思い当たる人物がいない。
シンパシーイデアは契約対象との絆の深さで力が決まるイデアだ。つまりは適当な輩と契約したとして、その力は以前よりも弱い。というか、そもそも私は玲奈ちゃんほどに絆が深い友達はいない。
「はぁ……」
取り敢えず、私はシンパシーイデアについて考えを脳裏の端に追いやると、次はおじさんから貰った紙の束を見つめた。
それは第二の問題点であり、私が頭を悩ませる原因。そこに龍について書かれているのは確実なのだろうが、何故か内容が全て英語で記されているのだ。
別に英語が苦手という訳ではないが、私は純粋な日本人。小説を読むみたいにすらすらと英語を扱う事はできない。
貰った紙の束はそれなりに量があり、尚且つ難しい単語が出てくる。きっと内容を把握するのに多大な時間が掛かり、辞書を片手に解読する事になるだろう。
「どちらから手を付けるべきか……」
これといって答えはないだろうが、どちらかが効率的なのかを考えてしまう。
骸が龍を探している限り、もたもたしている暇はないのだ。
「あーもう!」
私は迷った挙句、紙の束を取った。
それに特に理由はない。ただこうして迷っている暇があるなら、さっさとどちらかを片付けようと思ったのだ。
「よし! やろう!」
私は意気込みを入れて、翻訳に力を入れる。
紙の束を開き、辞書を取り出した時にふと、ある事を思い出した。
「そういえば……」
私は机の中に大事に仕舞っておいたアクセラレーターを取り出す。
これはデンさんから「大事にしてね」と頼まれた物だったが今思えば返さなくて良かっただろう。シンパシーイデアの追加装備みたいなものなのだから、まだ使い道はある。
過去の自分に感謝して、私はまだ未契約のシンパシーイデアにアクセラレーターを取り付けた。
「え?」
すると未契約だった筈のシンパシーイデアは光に包まれて形を変える。
その超常現象に私はまさかと思い、あまりの眩しさから目を瞑った。
やがて光が収まり、ゆっくりと瞼を開けると私の手の中にあったのはシンパシーイデア。それも契約済みで、私が見慣れたあの刀の柄のようなシンパシーイデアで、私は理解が追いつかない。
「文音……」
背後から玲奈ちゃんの声が聞こえた。
まさか、本当にそうなのだろうか? 背後に玲奈ちゃんがいる。そう思ったが信じられない。だけどシンパシーイデアの形が変わったのは事実であり、私は思い切って振り返った。
「れ、玲奈ちゃん!」
そこには微笑んだ玲奈ちゃんが立っていて、思わず私は抱き着いた。と、思ったが玲奈ちゃんが生き返った訳ではない。飽くまで前と魂だけの存在のようで、私は玲奈ちゃんを通り越し、勢い余ってベッドにダイブしてしまった。
「う、うぅ……」
突然の再開に私はそのまま泣き崩れてしまう。
もう会えないかもしれない。少しばかり心の中でそういう想いがあり、最悪の事態も考慮していた。だけどそれが覆され、玲奈ちゃんは私の前に現れた。その事実に私は救われた。
昨日、樟葉ちゃんの前で泣いたばかりだというのに、怒られた子供のようにすすり泣くのは不甲斐ないだろう。だけど今だけはこうして泣いていたかった。
「ごめんなさい。いなくなってしまって……」
そんな私を優しく撫でて、心配してくれる玲奈ちゃん。
勿論、身体がないので私に感覚は伝わらない。だけど温もりは伝わった。身体的ではない精神的な優しい温もりだ。それは光となって私の心に差し込み、涙は止まる事を知らなかった。
暫くして落ち着いてきた私は疑問に思う。
どうして玲奈ちゃんが現れたのか? 未契約だったイデアが玲奈ちゃんとの契約済みになったのか? それらの原因を知っているであろう彼女に聞こうと思った。
「私がまた貴方の前に現れる事が出来たのはアクセラレーターが原因よ」
しかし、私が口を開く前に玲奈ちゃんは話し出す。それも私が聞こうと思っていた事についてだったので、私は大人しく拝聴する。
「イデアが破壊されると普通なら契約していた者も死ぬ。だけどデンはそれを避けるためにある予防をしていた」
「予防?」
「そう、イデアが破壊された時に契約者の魂をアクセラレーターに避難させるという予防よ。そのお陰で私はこうして貴方の前に現れる事が出来たの……」
慮ってみるとデンさんは私がアクセラレーターを返そうか? そう尋ねた時にその誘いを断り「大事にしてね」と意味ありげに言ってきた。
その時、私はデンさんの意図を掴めずにただ不思議に思いつつも気にしなかったが、こういう意味があったのだと漸く分かった。今では彼女には感謝しかない。
「私は貴方の傍にいられなかった。ずっとアクセラレーターの中にいたから、貴方の事は見守れてないの。見守ると言ったのに……ごめんなさい……」
「ううん……もういいよ。帰ってきてくれただけで嬉しい……」
玲奈ちゃんは自分の言葉が嘘になった事に、悔しさを感じているのだろう。手に力を入れて、身体を震わしている。そんな姿を見ていると私は怒るに怒れない。
そもそも帰ってきてくれた。また会えた喜びの方が強いので、私自身怒る気も起きない。
「あ、じゃあ今の状況は分からないの?」
「悔しい事にそうなるわ」
許してあげたというのに、やはり裏切ってしまった自分が許せないのだろう。
その気持ちは分からなくもないのだが、玲奈ちゃんの事だ。私がこれ以上励ましたとしても、余計に不甲斐なく思って自分を責める。だから、私は気分を変えさそうと今までの事を細かく話した。
イデアが破壊され、デンさんや霧風さんに助言された事。それでも諦めきれず、玲奈ちゃんを生き返らせる方法を探したが、行き詰って不登校気味になった事や、樟葉ちゃんの家に招待された事。そして、そこで樟葉ちゃんの祖父であるマストのお偉いさんと会い、玲奈ちゃんと自分の過去を教えてもらい、龍に関する資料を貰った事。樟葉ちゃんにシンパシーイデアを譲り受けた事。
状況は一変した。玲奈ちゃんを失った当初の私では想像すらつかないほどに、物事が進んでいる。それも最終的には良い方向に。
「そんな事があったのね……」
「それでね……玲奈ちゃんには悪いけど、私の中で目的が変わったんだ……」
「それは?」
玲奈ちゃんは嫌そうな顔をする事なく、寧ろ私の考えが変わった事に驚いているようで目を見開いている。
仕方が無いだろう。今まで私は玲奈ちゃんを生き返らせると狂奔してきたが、それを諦めた。いや、正確には諦めた訳ではないが、少し変わったのだ。
「私のイデアを壊した人……骸って言うんだけど、その人に言われたんだ。自分だけが被害者だと思うなって……。考えてみると玲奈ちゃんだけでなく、私の両親、樟葉ちゃんの両親、それと多分骸の大切な人も……鏡結界の所為で失われたんだよね……」
「鏡結界の被害者は多くはないけど、少なくもないわね……」
「だから、私はその人たち全員を救うように行動をする。玲奈ちゃんも必ずね……」
未だに涙で濡れている瞼を袖で拭い、私は顔を上げてそう言った。
その表情は自分でも分かる程に吹っ切れていただろう。そうでないとこうも清々しくは感じず、玲奈ちゃんも微笑んでいた。
「いいんじゃないかしら? とても素敵だと思う。私も手伝うわ」
「うん! えへへ……」
玲奈ちゃんに褒められる。久し振りの感覚に私も笑顔になっていた。
その太陽にようで、屈託のない笑顔。それを浮かべているのは紛れもない自分でこの前みたいな泣き顔が嘘のようだろう。
それから暫く私と玲奈ちゃんは普通に話し合った。他愛もない世間話というものだが、その途中に私は思い出したかのようにあの資料を手に取った。
「そうだ。玲奈ちゃんはこれを読める?」
元々、自力で翻訳しようとしていたものだが、玲奈ちゃんなら普通に解読できるかもしれない。そう思って私は資料を玲奈ちゃんに見せた。
「そうね……読んでみるわね。身体を借りるわよ……」
中身を少しだけ見て、読めると判断したのだろう。
玲奈ちゃんは私の身体を乗っ取ると資料を読み始めた。いつもの速読という奴で、もはや私は驚かない。ずっと玲奈ちゃんの隣にいたので、こんな事は既に慣れてしまっているのだ。
特に玲奈ちゃんが行き詰るような心配をする事もなく、私は玲奈ちゃんと一つになっている感覚に喜んでいると不意に身体が自由になった。
「終わったの?」
玲奈ちゃんは解読をし終えたようで、私の隣に座っていた。しかし、その表情は何だか重たく、まるで衝撃的な事実に唖然としているようにも見える。
「此処に書かれているのはとある計画についてね」
「計画?」
「ええ。マストは過去に龍の目計画というものを実施していた。その内容は鏡結界を巨大化させ、力を得る事……」
「この前の研究所のように鏡結界を育てていたという事?」
「全く違うわね」
玲奈ちゃんが言った龍の目計画。その全貌がよく分からない私はこの前のマストの研究所を引き合いに出したが否定された。
するとどういう事なのだろう。首を傾げていると玲奈ちゃんは説明を始めた。
「あの研究所はマストが作った基地。飽くまで活動する拠点であって、力を得るためのものではない。龍の目計画というのは鏡結界を育てるんじゃなくて、鏡結界に鏡結界を合体させるものなの……」
その説明で私は龍の目計画の恐ろしさを何となくだが理解できた。
現在、マストはイデアという道具を使って鏡結界を破壊。そのついでにヌシをカードにして力にしてきた。重要なのはマストという組織は鏡結界を力に変える手段を持っている事だろう。
龍の目計画で鏡結界同士を合体。その結果、巨大で豪大な鏡結界が出来たとして、マストはそれを力に出来る術を持っているのは分かったが、肝心の所が分からない。
「その龍の目計画と私たちが探している龍。それに何の関係が? そもそも何故、龍の目計画?」
「計画の名前の理由は分からないけど、この計画は失敗しているようね。そう書かれている。後は分かるでしょう?」
「その計画で出来た強大な鏡結界。そのヌシが龍?」
「私の推測だとそうなるわね……」
それ以上は書かれていないようで玲奈ちゃんは残念そうに溜息を吐いた。
結局、分かった事は龍が現れる事になった経緯だけ。肝心の居場所が分からず、私は気落ちしてしまう。
「それで、これでも龍の捜索を続けるのかしら? 此処には龍を倒したとしても願いが叶うとは書かれていない。でも、力が手に入るのは確実ね……」
「当たり前だよ。今更、退くわけにはいかないよ」
今までずっと頑張ってきたのだ。その努力を水の泡にしないためにも、私は最後まで貫き通す。初志貫徹という奴だ。尤も、目的は少し変わっているが……
それに、本当に願いが叶わなかったとしても力が手に入る。きっとその力は今後の役に立つ。そう、私は確信している。
「分かった。なら、今後の作戦でも練りましょう」
「そうだね!」
今後の展開がどうなるのか? 少し楽しみなった私は笑顔で返事をした。
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