人知れず、罠
あれから数日経った。いや、経ってしまった。私は何の情報を手に入れる事もないまま、無駄な時間を過ごしていただろう。
失敗は成功の基と言うが、こうも失敗ばかりでは気が落ちてしまい、何もかも投げ出したくなる。しかし、玲奈ちゃんを生き返らせるためにもそれをする訳にはいかないのだ。
「どうしよう……」
お昼休み、弁当を膝に乗せて、いつもの屋上で樟葉ちゃんと昼食を摂るのだが私の気分は最悪。
樟葉ちゃんは心配そうな表情で此方を見つめ、箸は進んでいなかった。
「最近、様子が可笑しいですけどどうしたんですか?」
心配そうに樟葉ちゃんに、私は大して反応を示さない。実はこうして様子が可笑しいと言われるのは樟葉ちゃんだけでなく、クラスメイトでも同じだったので慣れていた。
最近、特に進展がなく行き詰っていた私には勉強のやる気が起きない。だから成績は以前以上に落ち、学校を何度もズル休みをした。そう言った行為は今まで張り切っていた私からは想像もつかない事であり、やはり傍から見れば可笑しく見えたようだ。
「うーん……大切な物が壊れてしまって……」
クラスメイトや先生といったあまり接点のない人ならば沈黙を貫き通すところだが、今回聞いてきたのは友達である樟葉ちゃんなので、私は返事をした。
「大切な物ですか? それは大変ですね……」
普通の人ならばそこで関わってはいけないと思うのか、それとも私が素っ気ない態度をする所為か、深掘りする事無く退いていく。だけど友達の樟葉ちゃんは違った。
「それって……この前の机の上に置いてあった?」
「うん……」
樟葉ちゃんは私の大切な物、いや者を知っていた。それはイデアであり、玲奈ちゃんの事だ。
私は特に否定する事も無く、ただそれに肯定する。イデアが壊れ、落ち込んでしまっているのは事実なので、別にそれを樟葉ちゃんに隠す意味も無い。
「……今日、私の家に来ませんか?」
「え? 突然だね……」
本当に突然であり、私は軽く吃驚してしまう。
しかし、落ち着いて慮ってみると樟葉ちゃんは私を励まそうとしているのだろう。この前の風邪の看病といい、本当に優しい子だ。将来、樟葉ちゃんをお嫁に貰う男性はさぞ恵まれているだろう。
「……うん。行くよ」
樟葉ちゃんの私を想っての行動。それを無下にする訳にもいかず、私は承諾した。
本当ならば龍について何かしらの情報収集をした方がいいが、行き詰っているので気分転換もいいだろう。玲奈ちゃんには悪いが、少しだけ休憩をしたいのだ。
「あ、でも私の家知りませんよね? 一度文音さんの家に行って、私の家に行きますか?」
「ううん。住所だけ教えてくれれば、着替えたら直ぐに向かうよ」
態々、樟葉ちゃんに同行して案内してもらうのは気が引ける。いや、それは普通なのかもしれないが、友達との付き合いがよく分からない私からしたら申し訳なく思ってしまうのだ。
「そうですか……」
樟葉ちゃんは残念そうな表情をしており、その意味は私には分からない。
もしかして一緒に下校でもしたかったのだろうか? そう思ったが確認する暇もなく、話は進んでいった。
「それなら住所だけ教えます」
「うん。お願いするね」
友達同士だというのに、ふざけることなく丁寧に説明する樟葉ちゃんに私は感心する。住所の他に、近隣の目印なる建物などやお勧めの道順を添えて、出来るだけ伝わりやすい説明をしてきた。
「あー……あの家が樟葉ちゃんの家なんだ……」
「多分そこです」
丁寧な説明で私は樟葉ちゃんの家が分かった。
それは昔から建っている一軒家だ。といっても普通ではなく、少し豪邸のような一軒家であり、だからこそ私ははっきり覚えていた。
「あ、お昼休みが残り短いです。早くお弁当を食べましょう」
「うん。食べようか……」
話が終わり、スマホで時間を確認してみるとお昼休みは後十五分くらい。樟葉ちゃんの説明が長い訳ではないが、最初に私がぼーっとしていた時間があったのが原因だろう。
残り時間も少ないので私は食べる事に没頭する。食欲はないが食べずに体調を崩して遅れをとる訳にもいかないため、無理やり口に入れて咀嚼をして飲み込む。
「…………」
私から発せられる負のオーラの所為か、樟葉ちゃんはそれ以降何も喋らず、ただ黙って昼食を摂っていた。
何か話題を振った方がいいか? 一瞬、そういう思考を抱いたが、時間がないのは事実であり私は考えを闇へと葬った。
そして、各自に弁当を食べ終えると樟葉ちゃんに軽く声を掛けてから教室へと戻る。相変わらず、クラスメイトの視線は痛かったが、私は無視をして授業を受けた。尤もやる気がなかったため経験値にはなっていない。
「やっと終わった……」
皆の待望である放課後が来た。
クラスメイトは続々と帰宅して、一部の生徒は部活へと向かう。私は前者の内の一人であり、学校が終わると共にいち早く教室から抜け出した。居心地の悪い教室が嫌だという理由もあったが、何よりも樟葉ちゃんを待たせるような事をしたくはない。
「はぁはぁ……」
駆け足で下校をし、あっという間に家へと着いた。少し汗をかいてしまったが、風呂に入るほどではないだろう。
そう判断した私は急いで支度をすると家を出た。その行動はまるで嵐のようだろう。飽くまで樟葉ちゃんの家が目的地であり、私の家はその経路でしかない。
「はぁ……」
樟葉ちゃんの家に向かう道中、私は溜息を吐いた。別に家が分からない訳でも、疲れた訳でもない。
ただこれからどうすればいいのか? そういった蟠りはずっと胸に秘められ、それが顕著になったのだ。
実際、その問題が解決する兆しはない。私が馬鹿なだけかもしれないが、イデアが破壊されたため行動が制限されてしまっているので、今の私は一般人で無力あり、か弱い少女で高校一年生だ。
誰かの助けを借りようとも、一番に思い浮かぶ彼女はこの世にいない。それに祖父などに相談できる話でもなく、霧風さんたちは信用してくれないだろう。
「あれ?」
普通の道路を歩いていた筈なのに、いつの間にか私は変な場所にいた。
その変な場所とは明らかに可笑しい風景。どうやら私は高い場所にいるようで、目の前には大きな草原が広がっている。
その光景に驚きを覚えながら振り返って見るとそこはお城。まるで映画やアニメに出てきそうな古びたお城が建っており、私はそのお城のバルコニーに佇んでいるようだった。
「此処って鏡結界?」
いきなりの展開に、暫く現実を受け入れることができなかったが、我に返ると共に自問をした。が、答えは分かりきっている。
確実に鏡結界だろう。そうでしか説明がつかない。恐らくは私が深く悩み、落ち込んでいたので、こうして鏡結界に誘われたのだろう。
「仕方ないよね……」
こうなった以上、私はヌシの餌食になる。
勿論、恐怖心があり、玲奈ちゃんの事もあるので生きたいと思った。だけど私はイデアを持ってはいない。だから現実に抵抗する事ができない。
約束をしていた樟葉ちゃん。そして玲奈ちゃんには悪いが私は諦めてしまった。
此処で死ぬのも悪くない。
あの世で玲奈ちゃんと会おう。
そんな情けない考えが過り、恐怖心も次第に落ち着いていく。
やがてヌシは背後にあった扉から姿を現し、私にゆっくりと近づいてくる。その姿はまるで巨大な蟷螂だろう。
手になっている大きな鎌。その刃は血を求めているかのように光で輝いている。
「さようなら……」
私はそう呟くと目を瞑った。
死を覚悟して、大きな鎌で首を刈り取られるのを待った。
しかし、いつまで経っても痛みはこない。もしかして此処はあの世? そう考えたが思考があり、感覚もあるのは可笑しいだろう。
不思議に思った私は瞼を開けた。
「え?」
そこには逆に首を刈られたヌシの姿。そして、それをした人物であろう骸がいた。その手に握られた大剣からは緑色の血が滴っている。
「む、むくろ? どうして……」
彼が私を助けてくれたという事は現実が物語っているが、理解は出来ない。人々を助ける事を目的のマストなら理解できるが、どうして私やマストと敵対していた筈の骸が私を助けるのか? 意味が分からず、私は混乱してしまった。
「…………」
私を軽く一瞥するとそのまま帰ろうとする骸を、私は「待って」と一言を口にして、咄嗟に引き止める。
これはチャンスなのだ。行き詰っていた私に舞い降りてきた幸運。何としてでも情報を引き出さないといけない。
「…………」
しかし、依然として喋らない骸は剣に付着した血を払い、このまま鏡結界から出て行こうとした。
「話を聞いてよ!」
無視を貫き通す骸に焦った私は危険を顧みず、彼の腕を握った。それは逃がさないための行動だったのだが、最悪の場合は殺されてしまうかもしれない。
だけど私は手を離さない。骸が謎の人物であり、敵である以上の事から殺されるかもしれないのは百も承知で、危険を侵すほどに私は行き詰っていた。
「……何も自分だけが被害者だと思うな」
「え?」
仮面越しに言われた言葉に、私は困惑してしまう。
被害者? つまりは鏡結界の被害者の事だろうが? それがどうしたのだろう? 思考を張り巡らせるが、やはり分からない。だけど骸が何か情報を掴んでいるのは確かだろう。
「どういう意味なんですか?」
「安心しろ。お前も俺が救う……」
それでも情報を引き出そうと思ったが、骸は相変わらな様子で理解できない事を言うと私の手を振り解いて、その場から去ってしまった。
残された私はその言葉の意味を考え、いつの間にか視界はいつもの街中に変わっていた。鏡結界は骸によって破壊されたようで、取り敢えず私は安堵の息を吐く。
「そうだ……樟葉ちゃんの家に向かわないと……」
私は樟葉ちゃんとの約束を思い出し、骸に言われた言葉を脳裏の片隅に追いやった。
一度は死のうと思ったが、こうして生き残ったならまた模索するだけであり、気分転換でもある樟葉ちゃんの約束を果たさないといけない。
「気分を何とかしないとなぁ……」
そうしないとまた鏡結界に誘われてしまい、今回は運よく骸に助けられたが次はこうはいかないだろう。
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