太陽が昇らない国
藤ゆら
再会
「もうじき、この国から太陽が消える」
人工太陽管理機関の杉田は言った。まだ昼前だというのに、汗で溺れてしまいそうな暑さだ。八月のそんな日にも関わらず、彼は全身を真っ黒なスーツで包み込んでいる。顔色一つ変えず、僕を鋭い眼光で突き刺す。僕は突然目の前に現れた男が杉田だとわかるのに時間を要した。長いこと会っていなかったのだから無理もない。
「太陽はこの通り、馬鹿みたいに輝いてるじゃないですか。憎たらしい熱線で今にも殺されそうだ」
僕はサンダル、ジーパンに半袖Tシャツという、町内の草むしりにでも参加するような格好だ。絶えず吹き出す水滴が、足元に落ちて染みを作る。蝉の叫び声と眼下を走り抜ける車の群れの騒音が、体のかまどに薪をくべるように煽る。歩道橋の上にいる僕ら。その間を気休め程度に風が駆けていった。
僕は杉田の視線を外れ、歩道橋の手すりに腕を組んで置いた。「ずいぶんと久しぶりですね。またお会いできて光栄ですよ」と僕は言った。杉田は僕の上司だった男だ。人工太陽管理機関、そこで僕は働いていた。空高く存在を主張する人工の太陽。それを文字通り管理するのが機関の仕事だ。諸事情により、本物の太陽はこの国では拝めない。この国の大半の人々は、その事実を知らない。知っているのは、国民を支配する側のわずかな人間だけだ。
「君が機関を去ってから、何年になるだろうね」と杉田は抑揚のない声で言う。彼の表情は機械のように特徴がない。昔と同じだと思った。「さあ、もう十五年くらいですかね。杉田さんはまだ?」
「ああ、相変わらずさ。可もなく不可もなく。君はどうだ」
「僕はこの通り、元気でやってますよ。あの頃とはずいぶん住む世界が変わりましたが、不自由は特に。余計な人間とかかわる必要がない。まあ、四十を過ぎて、体がだいぶ重たくなってきましたが。不満はそれくらいです」と僕は言った。久しぶりにこれほど長く声帯を震わせたせいで、声が曇って響く。
ふん、と杉田は興味なさそうに笑った。彼は重装備にもかかわらず、汗を一つもかいていなかった。この感じも懐かしい気がする。「煙草、吸いますか」と僕は杉田に勧める。彼は首を横に振る。「まだ吸っているのか」
「これだけはね。酒はさっぱり飲まなくなったんですが、肺を汚すのはやめられないんです」と、僕は遠くを眺めるような目つきになった。そしてポケットから煙草とライターを取り出して火をつける。最後の一本だった。
歩道橋の真下を過ぎ去っていく鉄の塊。そのすべてに人が乗っていて、目的があって、そこを目指して流れていく。僕と一生涯かかわることのない人たち。もし僕がここから飛び降りて、鉄の塊の一つにぶつかったとしたら、彼はどんな反応をするだろう。途端に彼の人生の一部分に、僕の存在が刻まれることになる。きっとそれは汚点として。僕は流れるさまを睨みつけた。なあ、そんなに急がなくたっていいじゃないか。急いだっていいことなんかありゃしないんだから……
僕は吸い殻を車の群れに落とす。それは濁流に飲み込まれて消えた。家も身分もない僕は、同じように終わりを迎えるのだろう。「ここじゃ暑くて敵わないし、どこかで冷たいものでも」と僕は杉田に言った。「そうしよう。ところで……その身なりを見る限り、相変わらず君は、ホームレスとして生きているのかね」と杉田はじろじろ僕を見る。
「ええそうです。もう十年以上になる。僕はすべてを捨てた人間ですから」そう言って、僕と杉田は歩道橋の階段を降りていった。
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