海を知る。
Nakime
電車で目を閉じる。または、眠れない夜に迷い込む時。
何もかもが嫌になった。
せめぎ合う雑踏も私の中で溜まっていく水音も。
顔の無いひとがたが、私を見つめる毎日も。
そんな時、私は遠くの海を思い出す。
その海はまだ固まった名前がなくて、ただ大雑把に海とだけ呼ばれている。
私はその海を1人で眺めている。
シャリシャリと音を立てる足元に目を向け、背中に海風を受ける。
そこには私以外誰もいない。
私だけが知っている場所。
私だけが辿り着ける場所。
ここには泣けてしまうほど、幼かった私がまだ息をしている。
いつの間にか、焼け落ちてしまい私が失くしてしまったものたち。
不思議にも波にさらわれ、長い時間をかけて砂浜へと帰ってくる。
私の足元へと。
私だけが海を知っている。
海だけが私を知っている。
過去の私は、今もそこで私の帰りを待っている。
私が疲れ果てて、座り込んでしまった時。
彼女は、そっと肩に手を当て覗き込む。
わたしはその小さくも熱の篭った手の上に自分の手を重ねてみる。
そして、暖かな眼差しが私の眼に映る。
波打ち際に脚を濡れるのを感じながら、私と彼女は邂逅する。
瞬間。
息を飲むように鮮烈な波音が。
懐かしむことを忘れた欠片が。
積み重ねてきた私の思い出が。
私の中に、流れてくる。
私と彼女の間に確かな線が引かれ結びつく。
彼女の見つめる曇りなき瞳に私の姿が。
潮風が目に染みて、頬が少し熱くなる。
彼女は、今もここで生きていたんだ。
私が落として行ったもの達は今もここで。
後には、絶えることなく続く満ち引きの隙間と。
今にも燃え尽きそうな夕日が海に溶けていくだけ。
そうして、いつの間にか私は立ち上がり水平線を眺める。
忘れないで。
そう彼女から、告げられた気がした。
熱くなった頬に手を当てながら、潤んだ視界のまま空を見上げる。
もう少し経てば、雲のいない透き通った天井に星々が灯りをつけ始めるだろう。
それまでの間、空を見上げよう。
目には見えない海を感じながら。
そして、また海を思い出しにここへやって来る。
海は私が泣く限り、何処までも続いていく。
けれど、それは恥ずかしいことでは無い。
されど、我慢して溜め込むものでは無い。
私は海の一部なのだから。
そうして私は、海を知る。
海を知る。 Nakime @Nakime88
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます