庚申待(こうしんまち)

雁鉄岩夫

第1話 庚申待



江戸時代の武蔵国の山奥の村。



 日が暮れ庄屋の家では10人ほどの男が囲炉裏を囲んで集まっていた。


「みんなよく集まってくれた明日の庚申待までに クギとジサを決めないといかん」と庄屋が言うと若い男が遮る様に話し出した。


「俺は、ジサだったから知らないが、どうやって決めるんだ」


「ああ、与太郎か。クギは生娘でジサはその娘に近しい中から私たちが話し合って選ばれる事になっとる」


与太郎はそれを聞くなり立ち上がり庄屋の方へ歩き「じゃあリンを選んだのはあんた達ってことか」


「掟だ」与太郎の顔をしっかりと見て言った。


 それを聞くと与太郎は庄屋に飛びかかり押し倒し、他の男達が間に入って止めに入ろうとするが、与太郎は男を振り払いながら


「なんでそんな事平然と言えるんだよ、リンはあんたの娘だぞ、あんたは俺と違ってリンに何が起こるか知ってたんだろ」


「ああ」


「じゃあなんで」


「お前も見ただろアレを」


と言われた与太郎はハッと息が吸って、男達が庄屋から引き剥がしそのまま柱に投げ払った。


「アレが村に来たらどうなる」


与太郎が声を絞り出す様に「侍でもなんでも連れてくればいいじゃねえか」


「どこにそんな金が。それに、野伏に頼んだら村の娘も危なくなる」


与太郎はむっくりと起き上がり何も言わずに出て行った。


庄屋は起き上がり与太郎が出てって開けたままの雨戸をそっと閉めた。


「すまなかったなみんな、奴をあんまり攻めんでくれ。まだ立ち直れておらん」


男達の一人が「俺達はあんたの方も心配だ、毎回こんなことさせてしまって」と言った。


「大丈夫だ、でかい家に暮らしてんだ、それだけの責任を果たす。それよりもどうする」


「やっぱりテルじゃねえか、歳ももう16だし他の子供はまだ若すぎる」


「ジサは弥次郎になるか?」


「あいつらはガキのときからいっつも一緒におったでな」と男が言うと辺りは静まり返った。


***


 朝起きると庄屋の小間使いに家まで来るよ様に言われたのですぐ向かった。


 家に着くと客間に通され庄屋が部屋に入ってきた。


「朝早くからすまなかったな。朝飯は食ったか」


「まだです」


「そうかなら食ってけ」と言い土間の方に向かって「おい」大声で言うと庄屋の奥さんが入ってきた。


「なんでしょーか」


「ああ、やじ坊に握り飯でもつくってやってくれ、朝早く呼んだから飯も食ってないらしいんだ」


「そうですか、じゃあ昨日の猪汁が残ってんでそれも持ってきましょう」と言うと障子ぴしゃりと閉まる。


「本題なんだが、今日呼んだのは、今日は庚申待なのは知ってるな」


「はい」


「次の庚申待が、庚申塔を立ててから18回目でな。お前にジサになってもらいたい」


「ジサ」


「ああ、何をやるか知ってるか」


「クギの世話をすると」


「そうだ今日から次の庚申待まで、誰とも会えない会えないクギの身の周りの世話だ」


「クギは誰ですか」


「テルだ」と言われ頭が真っ白になり何も言えなかった。


「やじ坊、大丈夫か」と庄屋は俺の体を揺すった。


***


テルは庄屋の家の離れに居て俺はすぐに会いに行った。


「テル?」


 返事がこない。


「テル入るぞ」


 障子を開けると、布団が敷いてあり、白襦袢を着たテルが仰向けで横になり虚ろな目をしていた。


「大丈夫か?」


 テルに近寄って肩を揺すりとこちらをの顔に目を向け、ろれつが回らないのか「ヤジ」とだけ言った。


「どうした、調子悪いのか?」


「力が入らなく・・・」


 話し終わる前に目が閉じた。


「テル、おいテル」と言うとスヤスヤ寝息を立てて眠っていた。


***


  ジサに選ばれてから20日ほど経った。


 テルの食事は村の近くにある猿田彦明神を祀るお宮で、村の人間が作る物を俺が庄屋に運んでいた。


 お供え物を使って作っているのか、随分豪華な食事だった。


「テル、入るぞ」


 障子の前まで料理を持っていき、声をかけるが返事は来ない。

 

 最近食事を残しがちだが、虚な感じは少し和らいだ。


  障子を開けるとテルはいつも通り布団の上で仰向けにで天井を見ていた。


 襦袢は肌け、太ももは付け根あたりまで見え、胸元は開いていた。


「今日は食べれる?」


「少しだけ」と小さな声で呟いた。


「ちゃんと食べなよ」


「そうだやじ坊あんた、おにぎり作ってきてよ、それなら食べれそうな気がする」


「ダメだよ」


 布団の横にお膳を置く。


「じゃあそれ食べさせて」


「じゃあ起きて」


「このまま食べさせて」とテルは下半身に掛かっていた布団を避けた。


 テルの横で、匙で掬った粥を彼女の口へ運ぼぶと急に腕を引っ張られ、粥が彼女の片方の胸にこぼれ、谷間に滴った。


「あっ」


「取って」


「あ、ごめん」と懐の手ぬぐいを取り出すとテルが袖を軽く掴む。


「口で」と色っぽく言った。


次第にテルの両腕がするりと俺のうなじを包むと、優しく引き寄せてきて、その流れに任せ胸元に顔を埋め、テルの匂いと柔らかさを顔で感じ口元にある粥を舐め本能に身を委ねた。


 顔をテルの顔の方へ動かしながら舌でテルの汗を感じ、片手でテルを抱き起こすと、反対の手は、襦袢の間から見える太ももを流れるように陰部の方へ撫でた。



テルがクギに選ばれてから60日目、庚申の日が来た。


夕方に俺は白い着物に、で太腿まで裾を纏められた白いたっつけ袴を履いてテルに清潔な白い襦袢を持って行った。


テルは清めのため前日から食事を摂っておらず神酒だけを飲んでいたので、襦袢を持って来た時にはぐったりしていた。


「立てる?」


「・・・」


 返事も反応もなく、何とか立ち上がらせ腰紐を解くと、襦袢の前が畳に落ちた。


 ヨロヨロと立っているテルの体は、人間とは別の生き物のように見えた。


 テルの後ろから新しい襦袢をかけ、前に回って腰を下ろし腰紐を巻くと彼女の温もりを感じ、そのまま彼女に抱きつき涙を流すとテルは頭を撫でた。


 しばらくすると廊下から足音が近ずいてきて部屋の前で止まる。


「やじ坊、籠を庭に止めた、テルを乗せたら母屋まで呼びにきてくれ」庄屋の声がした。


 テルをムシロの巻かれた籠に乗せて母屋に向かうと、俺と同じ衣装を着た男達が囲炉裏を囲んでいた。


  庄屋は俺を見るなり「もう終わったか?」と聞く。


「はい」と言うと庄屋は皆に「じゃあ、みんな宜しく頼む」と言うと男達が一斉に立ち上がった。


 誰かが「与太郎が居ないみたいだがいいんですか?」と言った。


「しょうがない俺たちだけで行くぞ」と皆で外に出た。


籠を中心に列になって歩く姿は葬列のようだった。


 道は次第に獣道になった。


 随分道を進むと急に森に開け、広い草原に出る、その奥には再び深い森があり、そこへ向かう途中には小川が一本流れていて虫やカエルの鳴き声が聞こえ、蛍のあかりが舞っていた。


 奥の森に近ずくと大人の身長程の朽ちた鳥居が有り奥には森が裂けたような綺麗な一本道になっていた。


 道を抜けると森似合いたい円形剥げの様な広場があり空には満月が雲の間から見え隠れした。


 ひろばの真ん中には丸の池があり、真ん中に小さな島があった。


 島には石の灯篭が有り、中央には畳ほどの板が置いてあり板の上には刃渡りが腕ほどの包丁があった。


  籠は池のほとりに置かれ、庄屋が池を越え提灯の火を灯篭に移した 。


  男達は広場の端に倒れた丸太に座り庄屋も座る。


 皆籠の方を凝視して、暫くすると、籠の中からテルが出て来た。


テルは籠の周りに貼り付けてあるムシロの切れ目から這い出るように出て来て覚束ない足取りで立ち上がると徐ろに腰紐を解き、テルの体を襦袢が流れ落ちた。


 するとテルは池に入り島まで歩き、木の板に仰向けになり目を閉じた。


 彼女が眠ると周りは一斉に静まり、何処からか強い風が吹き始めた。


 すると周りの木々から無数の「ヒャーヒャー」と獣の声がし、周りの木の枝には赤い目無数の猿が居た。


 再びテルの方を見ると島に大きな白い猿がテルを見下ろしていた。


 その猿は全身が白い毛に覆われ、顔は赤く鼻が長くて烏帽子を被っていた。


  猿の鳴き声が響く中、島の猿は右手で大きな包丁を持ち上げ左手で、まだ眠っているテルの両脇の間に小指と親指を差し込み、手のひらで顔を押さえつけた。するとテルが起きたのか腕から先や、腰や足を力なく動かした。


 猿は包丁の切っ先を、もがくテルの乳房の間に突き立てると包丁を突き刺し、刃をグリグリと動かしテルの体は糸の切れた人形のように動かなくなり傷口から吹き出した血で猿が赤く染まった。


 猿はその包丁を股の間まで切り終えると投げ捨て、縦に切り裂いた傷口を両手で開げ、顔を腹の中に突っ込み内臓を食べ出した。


 腹の中から赤く染まった顔を出すと、指でテルの体の中を探ると、下腹部のあたりから、袋の様なものを取り出した。


 猿はそれを親指と人差し指を器用に使って、小さな肉塊の様な物を取り出しそれを食べた。


 その時バーンと対岸方のから大きい音がしたと思うと、グウォーと叫びながら猿が尻餅をつく。


 音の出所には何処から持ってきたのか火縄銃に弾を込める与太郎だった。


 猿は起き上がると太腿から血を流していた。


 与太郎は急いで弾を込めるが、猿が片足を引きずりながらも与太郎の方に走り目と鼻の先に来ると猿が急に倒れ、足が大きなトラバサミに挟まれていた。


 そこで与太郎は弾を入れ終わり、狙いを定め撃つと猿の首に当たり、再び倒れ、傷跡から血が流れた。


 猿は立ち上がろうとするが、与太郎は腰に下げた鉈を猿の首に何度も鉈を振り下ろし切断した。


 その頃には周りの猿達の鳴き声は消えていた。


 与太郎は猿の烏帽子を拾い、被ると。再び火縄銃に弾を詰めた。


 一部始終を見て居た俺達は皆呆気に取られていた。 


 その時庄屋が与太郎の方に近付いて行き二人で戻ってくると与太郎がいきなり庄屋の首に鉈を振り下ろした後こちらのほうに走ってきた。


 それを見て皆が逃げるがその中の1人が撃たれた。


 俺も逃げようとするが、迫ってきた与太郎に背中へ鉈を振り下ろされ倒れる。


 服を引っ張られ仰向けにされると、与太郎が顔を覗き込みながら顔をめがけて鉈を振り下ろした。

















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

庚申待(こうしんまち) 雁鉄岩夫 @gantetsuiwao

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ