Sean KADAI

Sean

文章表現

 古びた石造りの家が所狭しと並び立っている。ここはウィーンの郊外だ。ゴミが至る所に散らばってはいるが(某にとっては嬉しい限り)、綺麗な音が、家々に反射して遠くにまで響き渡っている。通りかかった人々は嫌な顔することなく、一種の背景のように思っている。それはバイオリンを奏でる音だ。まるでマタタビを想起させるようにゃ旋律で、それは甘美にゃ、おっと、失礼。できる限り人間に合わせた言葉で喋ろうとしていたのだが、ついついマタタビの記憶にやられてしまった。某は猫である。そして某にはご主人がいる。そのご主人が、この旋律を奏でている、タカハシだ。ニンゲンがやっと寝転べるぐらいの部屋でタカハシはバイオリンを奏でている。邪魔にならないように某は、タカハシをキャットタワーから見下ろしている。タカハシの演奏している曲は「シキのハル」というらしい。タカハシから教えてもらった。景気の良い曲で、聞いているとこっちまで清々しい気持ちになる。まるで、オヤツを前にした某の高揚感がそのまま表現されているみたいだにゃ。おっと。

 しばらくタカハシの演奏に耳を澄ませていたが、突然演奏が止まってしまった。どうやら休憩らしい。某は、競う相手がいるわけではないが、我先にとタカハシの腕へ飛び込んだ。勘違いしないで欲しいのだが、これは食料を得るために必要な行為なのだ。甘えたいわけじゃない。

「今日の演奏はどうだったかい?」

 タカハシに頭を撫でられてゴロゴロと口から音が漏れてしまうが、感想を伝えるために某は顔をタカハシの方に向けた。にゃん。と一鳴きしてみた。ニンゲンが喜ぶとびっきりの鳴き声だ。

 「気に入ってくれたのかい?ありがとう。でも、もっと上手くならなきゃね」

 タカハシは17歳らしい。猫からしたら大層な年齢だが、ニンゲンがらすればほんの子供らしい。でも、タカハシの顔には老猫の顔に刻まれている、アイシュウみたいなものが見える。

 タカハシはここウィーンのオンガクダイガクに通っている。有名なシキシャの元で働くのが夢らしい。でも、そのオンガクダイガクにはタカハシよりもバイオリンの演奏が上手い人が沢山いて、苦労しているみたいだ。

 タカハシは、某が満足していることに満足して欲しいのだがにゃん。

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