落ち着かない朝、波乱を含む話。

 

「お、おはよう……。小川さん。」


「…………ん。」



 これが俺と小川さんの……。昨日、引越し初日から一夜を経てした(事務的な連絡会話を除いて)初めて会話のような何かである。


 とは言え、まだこのように……何かしらの反応があるだけマシなのかもしれない。


 引越し初日より前、まだ俺が自分から小川さんに話し掛けれず、ずっとおどおどしたままであれば、このような物でも……。反応らしい反応は得られなかっただろう。



 しかし、このようにあっさりと『一夜を経て』と言っているのだが……。引越し初日である昨日でさえ、とてつもなく心労の多い一日を過ごしたのである。



「(だって……。ただでさえ女子と同じ家で、剰え小川さんと同じ空間で暮らすんだからなぁ。正直、同じ空間にいて落ち着かないというか、ホントに夢じゃないかと思ってしまう現実感の無い現実なんだよな。)」



 とは言え、これから一緒に過ごして行く関係となったのだ。そのためのルールや様々な取り決めをしようと、俺は黙々と荷物を運び込む小川さんに声を掛けようとして……。



「……何?黙ってそこに突っ立っていられると邪魔なんだけど?」


「あっ、ごめん。荷物運びもいいんだけど、その前に、ルール決めとかの話を……。」


「そ、ならアンタは私に不必要に近寄らないって事でいいわよね?……分かったら、早くそこどいて。さっさとこれを部屋に運び込んで、出て行く用事があるから。」


「えっ、あっ!ちょっ……。はぁ、小川さんもう行ってしまった。」



 とまあ……。このようにして、俺は完全に小川さんに無視と言うか、冷たくあしらわれる感じの状況が続いており、現状全く取り合ってもらえていないのである。


 そして、その後も時間のあるタイミングで小川さんに話し掛けようと、色々声掛けをしてみたのたが……。やはり、ほとんど一瞥もくれず俺の事を軽くあしらうので、全く話が進まないし、心がすり減るわで、色々と初日から散々な一日だったのだ。



 だからこそだ。そう考えてみると、朝起きてすぐに、このようなまともな反応らしい反応(無視しないで反応)をしてくれるだけ、昨日に比べればまだマシと言うべきだ。


 しかし昨日みたく、自分からこのように話し掛けてもコレでは……。っと思ってしまうが、元から小川さんから俺への当たりが強いのは自覚している(なぜそうなのかについては知らないのだが……。)ので、あまりマイナス思考になっていても仕方ない。



「けどなぁ……。流石にずっとこのままの状態っていうのは……。ちょっと嫌だよな。

 当たり前だけど、今の状態だとこれまでと変わらないって言うか、普通に小川さんに無視されているだけのいつもの俺だからな。」



 とは言え、何か繋がりというか。キッカケとなる物がなければ、俺から話し掛けたとしても無視されるだけになってしまうだろう。


 なので俺は、彼女を観察するというか、話し掛けるキッカケを探す所から始めなければならない。(勿論、ストーカーに間違えられない程度ではあるのだが……。)



 すると、そうしてボケーっと洗面台で突っ立っている俺に対して、背後から急に現れた小川さんは「アンタ……。ホントに何してんの?」と、完全に不審人物を見る目でこちらのを見て呆れたような表情である。


 どうやら今日も、小川さんは出ていくようで、昨日も少しだけ見れた、彼女の昨日とは違う私服姿を視界に捉える事が出来た。



 しかし、いきなりとは言え……。小川さんの方から声を掛けてくれたので……。



「あっ……。いや、別に考え事していただけです。その小川さんは今からお出かけですか?」


「確かに出かけるけど……。急に何?めんどくさい取り決めとか、家具の場所決めとか。そういうのは、昨日ここに帰って来てからちゃんと話をしたでしょ?

 そもそも、寝室とか個室とかはそれぞれで用意されてたし……。まだ何かあるの?」



 俺は思い切って小川さんに声を掛け、とりあえずの疑問を素直に彼女にぶつけてみる。


 だが、やはりと言うべきか……。俺のその問いに小川さんは怪訝な様子であり、俺が彼女に話し掛けたのはまだ家に関する事で話したい事があるかのような……。そんな変な誤解を生んでしまっている。


 まさか俺が、事務的な用事以外で小川さんに話し掛けたとは思ってもいないのだろう。



「いや……。別にまだ取り決めたい事があるとか、そういう訳じゃないんです。ただ、ふと疑問に思っただけでして。その……。変に引き止めちゃって、すいません。」



 しかし、折角の小川さんから俺に話し掛けてくれたチャンスなのだが……。


 これ以上他に話し掛ける内容が思い付かず、俺はすごすごと彼女に謝って、思わず一歩後ろへと引き下がってしまう。


 正直、自分でも情けない話だと思うが、これまでのように、彼女の目を見る事さえ恐れていた少し前よりは成長したと思いたい。



 すると案の定、何でもない用事で呼び止められたと理解した彼女は、みるみるうちに不機嫌そうな……。苛立った顔に変わって。



「はぁ……。別に特に用がないならそれでいいけど、どうせ話し掛けるなら……。にしてくんない?今とかもう出ていく直前だし。」


「えっ!時間がある時なら……。小川さんに話し掛けても……。い、いいんですか!?

 って、ああ!時間がない時はって、さっき言ったばかりでしたよね。本当すいません!」



 とても意外な事に、小川さんが怒っていたのは時間がないそのタイミングで俺が引き止めたという事であり、これまた意外にも、時間があるタイミングでは普通に話し掛けたとしても大丈夫なようである。


 そのため、全く予想していなかった小川さんのその言葉に、俺は思わず彼女の事を再び引き止めてしまい……。つい普段の癖で彼女にヘコヘコと謝ってしまう。



「(何だかこれだと……。俺が小川さんの『運命の相手』っていうか、小川さんの奴隷とか召使いの類のポジションに収まってしまいそうだよな。たった二日ちょっとで、完全に上下関係というか……。自然と下手に出ている自分がいるしな。)」



 そもそも、クラスの中でも見えないカーストが存在しているのだ。それで考えると、この流れもある意味自然なのかもしれない。


 俺のようなぼっちに片足を突っ込んでいるような奴は、考えるまでもなく当然。



 そして俺は、小川さんをこれ以上引き止めるのは彼女の機嫌的にもよくないと思い、彼女の横を通り過ぎようとしてーーガシッ!


 俺は小川さんに予想外にもしっかりとした手付きで、その左手を掴まれて、その場に引き止められたのであった……。



 ーー次話へと続く。ーー

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