回想を思い出す話。

 

「お、おい……。アイツだせ。アイツがらしいぞ。」


「うっそだろ……。あんな地味な奴が?何であんな奴が大橋さんと食堂で?」



 ヒソヒソと周りから聞こえてくる声。現在俺はものすごく周りの生徒たちから注目されていて、とても居心地の悪い状況の中、俺と直輝は食堂からの帰り道を歩いていた。


 こうなる事は予想していたが……。まさかこんなにも早く周りから(悪い意味で)注目されるとは、露ほども想像していなかった。



「(まあ……。流石にあんな大衆の面前で、突然大橋さんが俺にキスせんばかりの至近距離に近づいたとなると……。ここまで騒がれてしまうのも仕方ないか。

 普通に周りからしてみれば、大橋さんから俺に近づいたように見えただろうし……。あの行動は今日という日に限って言えば、少し特殊な意味を持ってしまうからな。)」



 そうして俺は、先程まで一緒にいた彼女、そして今回話題の中心人物である大橋 柚希おおはし ゆづきさんとの話を思い出し、本当にこれでよかったのかと、今更ながら自問自答してしまう。


 何と言うか……。俺の気持ちがどうかというよりも、を取った事が彼女にとって最良の選択であったのか……。それが今の俺には判断がつかないのだ。


 自ら運命に背を向ける。そんな彼女の選択について、図らずして協力する事を解答せんたくしてしまった。流されただけの今の俺には……。









 ーーーー10分程前・食堂にてーーーー


「じゃあ……。やっぱり大橋さんは、今日発表される『運命の相手』の決定に対抗して、さっき程の大胆な行動をとった訳ですね?」


「はい……。もしもの為にそのような行動を取らせてもらいました。勿論、中峰くんに重ね重ね迷惑を掛けた事を謝ります。それに関しては本当に申し訳ありません……。」


「い、いえ……。それについては後からでも俺が了承したので気にしないで下さい。俺はそれよりも、どうして大橋さんがこのような手段を選んだのかについて、話せない理由がなければ、聞かせてもらえると助かります。」



 引き続き昼休みの食堂にて。数多くの生徒たちが思い思いに食事をとり、食事や歓談を楽しむ場である食堂のテーブルで……。


 今まさに憧れの女の子と対面している俺は、そのような楽しい歓談とは無縁の会話をしており、重々しいこの場の空気に少しだけ居心地の悪さを感じながら、彼女に先程の出来事についての話を切り出していた。



 しかし何というか……。周りのヒソヒソとこちらをウワサする声が食堂の至る所から聞こえてきており、いかに大橋さんとの会話が周りの生徒から注目されているのかを、身を持って実感出来てしまう。


 だが、そんな周りの様子など気にも留めていないのか……。大橋さんは「はい。勿論お話します。」と、少し考え込むような仕草をしながらも、ゆっくりとその口を開く。



「その……。こう言っては自意識過剰に思われるかもしれませんが……。ここは敢えて言わせてもらいますね?

 私って実は……。昔からすごい男子から好かれてしまうんです。それもただ好かれるだけならまだしも、中学の頃などはストーカーの被害に遭う事も、多くはありませんが少なからずありまして……。でも私自身、小さい頃にはあまりそのような男性からの好意を気にしてはいなかったんです。中学の頃も、少し男子たちが怖く思う事もありましたけど、逆に嫌われるよりはいいって思いまして……。」



 そして、意を決して開いた彼女の口から出てきた言葉は、俺が思っていたよりも遥かに悲痛な心境が読み取れる内容の話であり、俺自身、彼女に憧れに似た好意を持っているだけに、彼女に非常に心苦しい気持ちになる。


 やはり、大橋さんには俺には分からないような苦労や得も言われぬ様々な感情などが心の奥底に沢山あるのだろう。



 すると、俺がその話に思わず黙り込んでしまった事を心配したのだろうか?


 大橋さんは『あ!やってしまった!』とでも言わんばかりの慌てた表情となり、「その!誤解しないで下さいね!?」と、わたわたしていて……。こんな真面目な話の途中ではあるが、とても可愛らしく思えてしまう。


 しかし、このまま彼女があわあわとテンパっているのも、何だか可哀そうなので……。



「あ、あの!大丈夫です!今俺が黙っていたのは、大橋さんの事を少しは知っているつもりだったのに、ホントは全然知らなかったんだなって思っていただけなので……。

 その……。話を聞きたくなくなったとか、そういう訳ではないので心配しないで下さい。ホント!紛らわしくてすいません!」



 俺は自分でも上手くまとまらない思考で、とにかく今思いつくだけの言葉を尽くして、彼女の事を必死にフォローする。


 でも何と言うか……。自分でも言いたい事の要領を得ない滑稽なフォローであったとは思うが、その目的自体は達成できたようだ。


 それを証拠に俺の必死なフォローに最初はキョトンとしていた大橋さんだったが、次の瞬間には「ふふふ……。」と、はにかむような可憐な笑みを浮かべていたからである。



 そして、またしても見せた彼女のふいの微笑みに、俺は改めて見惚れてしまっていたのだが……。そんな俺の様子に気づいていないのか、大橋さんは再びキュッと表情を引き締めて、脱線していた話を元に戻す。



「んん。では、話を戻しますね?それでさっきも言ったように、私はストーカーの件などもあって、大抵の男性の事が怖くなってしまい、それまでのそれらについて気にしない姿勢も出来なくなってしまいました。

 そして私自身、それがあまり良くない事とは思いつつも、やはり男性への苦手意識を払拭する事は出来ないまま、この高校に進学したのです。今になって思えば、この高校のをちゃんと理解していれば、問題も何も無かったと言うのが悔やまれますが……。」


「そうでしたか……。(ま、まじなのか!?俺が見てただけでも、あんまり男に近づかない印象だったけど……。それは単に大橋さんの男子へのガードが固いだけかと思ってた!それなら、色んな意味でどうしよう……。俺の青春とか恐らくの初恋とか!)」



 とまあ、ここまで聞いて分かるように、大橋さんは想像以上に辛い思いやしんどい経験をしていて、俺が仄かな好意を持っている事など言い出す事が出来ない状況である。


 まさか、憧れの大橋さんが軽い男性恐怖症のような状態だなんて……。ラブコメの神さまは一体俺に何の恨みがあるのかと、思わず運命のイタズラを呪いたくなる位である。



 そして、俺が人知れずラブコメの神さまと運命のイタズラを呪っているとは露知らず、大橋さんは尚も話を続けて……。



「ですが高校に進学して……。やっぱり、私気づいてしまったんです。こうして私に声を掛けてくれる人たちは、私がこの顔だから話し掛けてくれるだけで、もし私がこの顔に生まれてなかったら……。きっと、こうはならないんだろうなって。男の人は私の外見を見て声を掛けてくるけれど、そうやって声を掛けてくるのは、何かしらの下心があるからだと思うようになったんです。」


「で、でも……。みんなが皆そういう訳では……。ま、まあ、大橋さん位可愛い方ならそんな人たちの方が多いのかもしれませんけど……。って、あっ!?あ、あの!俺は別にそんな下心があって大橋さんに話し掛けた訳じゃ……。で、でも……。結果的として、こうして大橋さんと話せてる訳で……。」


「いえ!それは気にしないで下さい。今だって私のお願いで話している訳ですから。それに……。中峰さんはそんな下心で私に話し掛けてきた訳じゃないって、ちゃんと確信を持って信じられますしね!」


「…………っえ?」



 そうして俺は、大橋さんの話を聞いてるうちに、現在のこの状況が彼女の言う所の『下心を持って話し掛けた』に当たるのでは?と、内心不安になってしまったのだが……。一体どういうことだろう?


 何やら想像していた以上に、大橋さんはどういう訳か俺を信用してくれているようだ。


 しかし俺自身、大橋さんからそこまでの信用される理由がないので……。とりあえず、彼女に直接その理由わけを聞く事にする。



 ーー次話へと続く。ーー

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